横浜戸塚バプテスト教会 Yokohama Totsuka Baptist Church

日本バプテスト連盟 Japan Baptist Convention

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主日礼拝メッセージ(Sermon)

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2021年4月11日 主日礼拝 
「キリストは共に歩まれる」
マルコによる福音書24:13〜35

新年度が始まり10日が過ぎようとしています。洋々と春の風に乗って歩みたいところですが、コロナウィルスの再拡大が懸念されている現状です。お一人お一人に主にある助けが与えられるように祈りましょう。聖書を見ると復活されたイエス・キリストは日曜毎に弟子たちや従う者たちに復活のお姿を表され「平和があるように」と語られたと聖書は伝えています。それゆえ今日のキリスト者はキリストの復活の日である日曜日を礼拝日として守っています。わたしたちも礼拝を通して再び復活の主にお会いすることができます。

主を知る   ルカ24:13〜27
15話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。 16しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。・・・25そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、 26メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」 27そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。

▶ 人は人生の様々な試練や患難に遭遇し「神はわたしと共にはおられない」「神がいるならなぜ」と考えてしまします。しかし、神がいないのではなく、わたしたちの心が硬くなり、霊の目が遮られ、神を見ることができないのです。主イエスは父なる神がわたしたちとどんな時も共におられ、見捨てることなく、十字架によって愛し、復活によって新しい命の道を恵みとして与えてくださることをその身を持ってお示しになりました。まさにイエス・キリストこそが神の御心なのです。

主と共に歩む  ルカ24:28〜35
 29二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。 30一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。 31すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。 32二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。

▶ 弟子たちの目はどのように開かれたか、それはイエス・キリストを我が家に招き、キリストを宿すことによってです。「主よ、わたしの家(人生)にお泊まりください」と心を込めて願い求めましょう。主は聞き入れてくださり、キリストを見るようにされます。
▶ 主は「くすぶる灯火を消さない」(マタイ12:20)お方です。どんなに心が冷え込んでも、主から離れてはなりません。具体的には礼拝、みことば、教会の交わりです。主が語りかけ、みことばで熱く燃してくださる日が来ます。

 

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2021年4月4日 復活祭イースター主日礼拝 
「復活の主にお目にかかれる」
マルコによる福音書16:1〜8看板

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イエス・キリストのご復活を心から感謝し、お祝いいたします。十字架でわたしたちの罪を全て贖い、死に勝利し、よみがえられた唯一のお方、イエス・キリストを礼拝いたしましょう。今日は復活祭、イースターです。そして、主のご復活を心で信じて、礼拝をささげるならキリストはわたしたちの人生の復活のお姿を表してくださいます。霊の目を開かれて、生ける復活のキリストを礼拝いたして参りましょう。
主を知る   マルコ16:1〜6
安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。

▶イエス・キリストの復活は、あの十字架の出来事から3日目に主のお言葉の約束通り実現しました。主のみ言葉の約束は必ず実現します。人間には取り除けることができないような大きな石も、死も、失敗も、過ちも、失望も、主は全ての問題や悩みを取り除き、新しい朝を一人一人に与えてくださいます。私たちが信じるなら復活のキリストがわたしたちの祈りに応え、人生の大きな石を取り除いてくださいます!

主と共に歩む  マルコ16:7〜8
 さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」 婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。

▶福音書は復活されたイエス様は、エルサレムやガリラヤで、そのお姿を現してくださったとそれぞれ書き記しています。特に、マタイとマルコ福音書はガリラヤで主にお目にかかれることを強調しています。「ガリラヤ」とは悔い改めてキリストの福音を信じ、神の愛を述べ伝える日々であり、人生です。主イエス・キリストの十字架の恵みに信頼し、生かされ、何とかして十字架の救いの福音を伝えようとしているただ中で、復活の主は生きておられる!という恵みを、身をもって体験するのです。

 

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2021年4月2日 受難日礼拝 
「主はあなたを見捨てない」
マタイによる福音書27章45〜54節
ヨハネによる福音書16章29~33節堀野浩嗣メッセージ

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2021年3月28日 受難週主日礼拝 
「勇気を出して、キリストのもとへ」
マルコによる福音書15:42〜47看板

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 本日は2020年度最後の主日礼拝、そして今日から受難週が始まります。わたしたちの罪を全て十字架で担い、わたしたちが受けるべき苦しみを引き受けてくださった十字架のイエス・キリストを見上げ、その十字架はわたしの罪のためであったと心から信じ、告白をしましょう。贖いの血潮によって必ずわたしたちの人生に主の救いと新しい命が注がれます。そして、キリストの十字架の血潮によって贖われて2021年度新年度を迎えてまいりましょう。新しい年度が始まりますが、コロナとの戦いは続き、第4波、様々な変異種の襲来、ワクチン流布の限界・・・と多難です。十字架と復活の主イエス・キリストからのみ与えられるいやしといのちを受け取りましょう。キリストこそ全ての希望の源です。

主を知る   マルコ15:42〜43
 既に夕方になった。その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので、アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである。
▶アリマタヤ出身の議員ヨセフはマルコ福音書を含む四福音書に記されている(マタイ27:57-61、ルカ23:50-51、ヨハネ19:38-42)。彼は社会的な地位と富を持ち、イエスの弟子であり、神の国を待ち望む正しい人でした。ヨセフはイエスの十字架刑を決めた議会の決定に同意はしなかったが、社会的な目を気にして自分がキリストに従う者であることは公にはしなかった。にもかかわらずヨセフはイエス様の十字架の死後、勇気を出して総督ピラトのところへ行き、イエスの遺体の引き渡しを願い出た。
▶ヨセフを勇気ある行動へと引き出したのは、十字架のキリストの死が自分の罪のためであったと心底知ったからです。人はキリストの恵みと愛の大きさにより打ち砕かれ、この世に対してはバカになり、主に対する信仰を告白するすぐれた者とされる。
▶キリストの十字架の苦しみ、血潮は自分の罪のためと深く受け入れていますか?

主と共に歩む  マルコ15:46
 ヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた。
▶ヨセフは自分の墓をイエス・キリストにささげた。自分の人生をキリストのために明け渡したのです。主はどんなものも、どんな出来事も、キリストに委ね、キリストのために差し出すなら主の栄光のために用いてくださいます。ヨセフの墓が、キリストの墓となり、死と終わり場であるはずの墓が、復活と希望の場所に変えられます。勇気を出して、キリストのもとにゆき、あなたの人生をキリストのために明け渡しましょう。

 

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2021年3 月21日 主日合同礼拝 
「わたしの願いではなく、父の御心が行われるように」
マルコによる福音書14:32〜42看板

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 次週3月28日(日)は2021年受難週主日礼拝です。わたしたちの罪を十字架において贖い、救うためにイエス・キリストが歩まれたゴルゴタの十字架の道を思い、その愛と赦しに与る一年で最も恵みに溢れる礼拝であり、聖なる一週間です。礼拝は午前10時〜主日合同礼拝、11時15分〜親子礼拝が行われます。ぜひご参加ください。また、4月2日(金)午後7時30分〜受難日礼拝を行います。そして、4月4日(日)は復活祭イースター主日礼拝(第1、親子、第2)です。緊急事態宣言も解除されますので、感染対策に十分留意しつつ共に十字架と復活の主イエス・キリストを心より感謝し、礼拝いたしましょう。

主を知る   マルコ14:34〜36
34彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」 35少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、 36こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」
▶ イエス様は十字架にかかる前夜ゲッセマネの園でいつものように父なる神に祈られた。絶望的な悲しみや苦しみの日にも父と子の親しい信頼関係が心を強め、希望に歩ませます。「アッバ父よ(わたしのお父さん)、あなたは何でもおできになります。」と祈る場所・時間を人生の砦にしましょう。
▶ 主イエスは自分の願いを退け、父の御心を受け入れて、十字架の道に進まれました。それによって人類の救いが成し遂げられます。キリストと共に《ゲッセマネの境地》に進み出る人に主の栄光が表され、救いといのちが与えられるのです。

主と共に歩む  マルコ14:37〜38
 37それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。 38誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」
▶ 心は熱くても肉体は弱いという悲しみを、私たちは何度も体験します。行いではなく、心の変容が必要です。そんなときこそ、私たちの罪を赦すために、ゲッセマネで悶え祈り、十字架を背負われたキリストを思い起こしましょう。心がキリストにだけ向けば、自ずと目覚めて、父の御心を成すために、自分の為すべきことができるようになります。

 

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公開日:
最終更新日:2021/04/11