横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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主日礼拝メッセージアウトライン

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2019年8月18日 主日礼拝 メッセージアウトライン   
「主に祈ることができる」   使徒言行録16:25〜34  

使徒パウロはエルサレム教会から送り出され、力強く異邦人に福音を伝えた。パウロはその生涯で3回の伝道旅行を行い、アジア、ギリシャ、ローマに福音を届けた。しかし、その旅は順風満帆ではなく、様々な試練や苦難が与えられた。今日の使徒言行録16章はパウロの第二回伝道旅行でのフィリピの街で占いの霊から一人の女奴隷を解放したことで逆恨みされ逮捕され囚人となった時の出来事です。(使徒16:1〜24)

真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。突然、大地震が起こり、牢の土台が揺れ動いた。たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった。」 使徒16:25〜26
*真夜中の主への祈りと賛美は、魂に平和を注ぎ込む。(フィリピ4:4〜7)
*真夜中の主への祈りと賛美は、私たちの人生の土台を揺れ動かすような変化を与える。
*真夜中の主への祈りと賛美は、あなたの家、家族、職場、学校、地域の人々を様々な囚われから解放する。

目を覚ました看守は、牢の戸が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったと思い込み、剣を抜いて自殺しようとした。 使徒16:27
*主はわたしたちが考えつかないような方法とアイデアで看守にご自身の福音を示される。「パウロは大声で叫んだ。『自害してはいけない。わたしたちは皆ここにいる。』」(28節) どんなことも人間中心で考えれば絶望、神中心の思考で見つめればそこに主がおられ、希望がある。

看守は、明かりを持って来させて牢の中に飛び込み、パウロとシラスの前に震えながらひれ伏し、二人を外へ連れ出して言った。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」そして、看守とその家の人たち全部に主の言葉を語った。 使徒言行録16:29〜32
*救われるために何をすべきか 答え:何もする必要はない。主イエスがすでに救いを成し遂げておられます。 十字架の贖いと復活を信じるのみ。
*主があなたのために与えられ家族です。家族の救いを決してあきらめず、パウロが聖霊に促されて語った主の約束の言葉を信じて、毎日、平安と確信をもって祈りましょう。主の約束は必ず成就します。

 

2019年8月11日 平和を覚える主日礼拝 メッセージアウトライン
「主の恵みを忘れるな」   使徒言行録15:1〜11

エルサレム教会の中のユダヤ教の宗教規定(律法)を重んじるように主張するクリスチャンに対する使徒ペトロの言葉(使徒15:7〜11)を中心に聖書のみ言葉に聞く。

人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたことを証明なさったのです。また、彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした。それなのに、なぜ今あなたがたは、先祖もわたしたちも負いきれなかった軛を、あの弟子たちの首に懸けて、神を試みようとするのですか。」使徒15:8〜10

  • バプテスマ(洗礼)を受けて救われる?or 救われてバプテスマを受ける?
  • 私たちの日々の礼拝式や行い、習慣(み言葉の学び、祈り、奉仕、伝道)はすべて、キリストによって救われた証しであり、イエス・キリストを救い主を信じ、神の子とされたしるし。
  • 私たちは不完全で、限界があり、「肉」なので完全にみ言葉を行うことも、神と人を愛することもできない。にも関わらず、行いで救われようとすれば、不要な軛を自分にも他人にも担わせる。

わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」  使徒15:11

  • 人は誰も、罪の軛から自分の力で救われることはできない。人の力や富、論争や知恵で取り除こうとすればするほど惨めになり、虚しくなり、暗くなり、絶え間なく争いが人生を支配する。私たちの人生は主の恵みによってあたえられた。

人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。」 ローマの信徒への手紙3:23〜25

  • イエス・キリストの十字架の贖いによって示された主の恵みを忘れていませんか?
  • 誰でも、イエス・キリストによって愛され、赦され、恵みを注がれています。この主の恵みを信仰によって受け取る。そこに主の平和に満たされた人生が約束されている。 罪の現実に生きるのではなく、主の恵みのリアリティーを語り、現実味を持って生きることが教会の使命です。

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2019年8月4日 主日礼拝 メッセージ

「神様は不公平?」  鉄井 三千夫(横浜大和町教会)

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2019年7月28日 主日礼拝 メッセージアウトライン
「ためらわず聖霊に委ねよう」   使徒言行録11:1〜18

さて、使徒たちとユダヤにいる兄弟たちは、異邦人も神の言葉を受け入れたことを耳にした。ペトロがエルサレムに上って来たとき、割礼を受けている者たちは彼を非難して、「あなたは割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」と言った。  使徒11:1〜3
律法を全く知らない異邦人の百人隊長コルネリウスとその家族がペトロの言葉を信じて、バプテスマ(洗礼)を受けた。律法や人が人を救うのではなく、律法と預言者が指し示したイエス・キリストご自身が聖霊によって、すべての人を罪から救い、新しい命を与える。
がしかし、エルサレム教会のユダヤ人クリスチャンは異邦人を受け入れなかった。自分や社会(世間体)の固定概念や過去の経験や習慣が聖霊の働きに対立していませんか?

「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」  ローマ12:2
そこで、ペトロは事の次第を順序正しく説明し始めた。・・・すると、“霊”がわたしに、『ためらわないで一緒に行きなさい』と言われました。ここにいる六人の兄弟も一緒に来て、わたしたちはその人の家に入ったのです。彼は、自分の家に天使が立っているのを見たこと、また、その天使が、こう告げたことを話してくれました。『ヤッファに人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。あなたと家族の者すべてを救う言葉をあなたに話してくれる。』 使徒11:4〜14
主が与える聖霊は、世の常識や壁を打ち破る。ペトロが見た幻(使徒10章)。
主は私たちに様々な方法で語りかけられる。夢、幻、他者との出会い、日常生活、自然現象、試練や苦難の中にも主は働かれ、主は私たちに神のビジョンを示される。
ペトロが最初聖霊に対して「ためらった」ように、私たちも聖霊の導きと働きに委ねられず、信頼できず、惜しくも主のみ業を見ないまま過ごしてしまっている。あなたも「ためらわないで一緒に行きなさい!」
わたしが話しだすと、聖霊が最初わたしたちの上に降ったように、彼らの上にも降ったのです。そのとき、わたしは、『ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは聖霊によって洗礼を受ける』と言っておられた主の言葉を思い出しました。こうして、主イエス・キリストを信じるようになったわたしたちに与えてくださったのと同じ賜物を、神が彼らにもお与えになったのなら、わたしのような者が、神がそうなさるのをどうして妨げることができたでしょうか。」 使徒 11:15〜17
 聖霊を通して与えられた主の働きか、それとも自分の頭の中の勝手な解釈や想像かは、聖書のみ言葉が確信を与えてくれます。(テモテⅡ 3:15〜17)
「これは本当に主の導きだろうか? 自分の考えや世の教えに倣おうか?」と、ためらう私を励まし、導くのは聖書のみ言葉です。いつも聖書のみ言葉を読み、み言葉を心に蓄え、時には暗記しましょう。 そして、多様な聖霊の語りかけに聞き従い、心に蓄えられたみ言葉を道のともし火として、主に一歩近づきましょう。


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2019年7月21日 主日礼拝 「影の立役者」  使徒言行録9:1〜19前半

ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。 使徒言行録 9:3〜4
➢ヘレニスト(離散しギリシャ文化の中に生まれ育ったヘブライ人)のサウロ(ギリシャ名パウロ)は律法主義に生きヘブライ人の中のヘブライ人となることこそ我が救いと考えた。そのためにキリストとキリストの弟子たちを徹底して迫害した。
➢自分の虚構の世界(自分の国)に居場所を探し、救い(偶像)を見るサウロに救い主イエス・キリストは外側からの真の光で照らされる。
「主よ、あなたはわたしを究め、わたしを知っておられる。・・・・・   神よ、わたしを究め、わたしの心を知ってください。わたしを試し、悩みを知ってください。ご覧ください、わたしの内に迷いの道があるかどうかを。どうか、わたしをとこしえの道に導いてください。」(詩編 139編)

そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。使徒言行録9:5〜6
➢サウロは自力で暗闇と迷いから立ち上がったのではない。アナニアの存在がなくてはならなかった。アナニアが主の召しに聞き従い、迫害者サウロに心と思いを尽くして、按手して祈った時、サウロに聖霊は注がれ、目からウロコが落ちて(ゼロ体験)、サウロはキリストを主と告白して生きるようにされた。
➢聖書の中にはアナニアのように、地味で目立たない、影の立役者が実は大きな主の計画を進めるために信仰の輝きを放っている。
ラハブ(ヨシュア記)、ヨナタン(サムエル記上)、洗礼者ヨハネ、アナニア、バルナバ

ローマの信徒への手紙15章1〜6節
自分の満足を求める生き方から、聖書に基づく神の召命によって善を行って隣人を喜ばせ、互いの向上に努める生き方(忍耐、慰め、謙遜、愛)こそ今クリスチャンに求められている。

こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。 使徒言行録9:31
サウロの回心という出来事を通して、人間中心の肉の土台がゼロにされ、聖霊と主イエスの十字架の憐れみと復活の希望だけを基礎としてキリストの教会は発展した。

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2019年7月14日 主日礼拝 メッセージアウトライン

「誰かのナビになる役回り」  使徒言行録8:26〜40

さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。フィリポはサマリアの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えた。  使徒言行録 8:4〜5

➢ステファノの殉教を皮切りに初代教会は大迫害にさらされた(使徒8:1b)。多くの人々はエルサレムを離れることを余儀なくされた。しかし、その結果、キリストの福音は「エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土」(使徒1:8)へと広がっていく。

神は、神を愛する人の逆境の日に恵みを必ず注がれる。 (ローマ8:28)

 

さて、主の天使はフィリポに、「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。そこは寂しい道である。使徒言行録8:26

➢初代教会の信徒フィリポはサマリアの街で福音を伝える大きな働きをした。しかし、主はあえて南へと下り、寂しい道(人気のない道)を行くようにフィリポに命じる。  「

フィリポはすぐに出かけていった」(使徒8:27a) 主に従う心の準備が整った人を主は用いてくださる。

宦官は、「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」と言い、馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。 使徒言行録8:31

➢フィリポは聖霊に導かれ、イザヤ書53章を口ずさむエチオピアの女王の宦官と出会う。キリストを自分の人生に求めている人にイエスの十字架と復活の福音を伝えた。

➢誰もがキリスト(救い主)を求めています。自分の力で罪と死から救われることはできません。しかし、この世界には偽物のキリストも、救いがあります。本当に私たちを救い、永遠の命を与えることがおできなるイエス・キリストの福音を伝える人が必要です。

 

「そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。」(使徒8:35)

私たちの内には聖霊がおられます。聖霊の導きに信頼して一人の人に寄り添い、あなたの口でイエス・キリストを伝えましょう。主イエスへ案内するナビとして用いられる人生は、この世のどんな働きにもない、ワクワクと感動と喜びがあります。

 

2019年7月7日 主日礼拝 「しなやかな信仰」使徒言行録7:51〜60

ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、 「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。使徒言行録 7:55〜56

➢キリスト教会最初の執事(給仕の仕事)であり、殉教者となったステファノはどのようなときも天を見つめ、神の右の座におられる救い主イエスと語り合う人生を生き抜いた人。

➢ステファノは日々聖霊に満たされ、どのような難しい問題にも知恵と語るべき言葉が与えられ、迫害、死の恐れの前にもしなやかな信仰を生きた。

かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖が逆らったように、あなたがたもそうしているのです。使徒言行録7:51

➢人間はなんども神様の救いのみ手を拒み続け、ついには神の子キリストさえも十字架にかけた。その罪をステファノは自分の罪、自分の問題として受け止める。

 

神のために家を建てたのはソロモンでした。けれども、いと高き方は人の手で造ったようなものにはお住みになりません。 使徒言行録7:47〜48

➢わたしたちが礼拝する主はわたしたちの生々しい現実の中で生きて働かれるお方。アブラハム、ヨセフ、モーセ、多くの預言者と何ら変わらず一人一人の人生に主は働かれる。(ローマの信徒への手

紙8:26〜30)

ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。 使徒言行録7:59〜60

➢主の十字架によって多くを赦された人は他者を赦す人になり、主の十字架の愛を知った人が主に委ねる人になる。 ➢表面を取りつくろう付け焼き刃の信仰ではなく、聖霊が内に働き、新しく生かす主に望みを置く、しなやかな信仰によって、主を宣べ伝えよう。

牧師のコラム 7月神学校月間に立ち

1978年第13回全国壮年大会(所沢)にて「全国バプテスト壮年会連合」の結成と「神学校週間」と「神学校献金」が設立され今年で41年が過ぎます。先逹の大きな働きに感謝します。  1982年の神学校週間ニュースに以下の文章があります。「(前略)壮年会連合は祈りと協力を宣教の進展のために、伝道者育成のためにささげようと呼びかけて、今日まで来ました。そして、いつのまにか私たち壮年の一人一人が、一つの決断を呼びかけられていることに気づかされたのでした。『全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ』(マルコ16:15)。イエスが弟子たちや他の者に言われるみ言葉は、いつも私のために主が呼びかけられるみ言葉であることを知らされます。イエスが十字架にかかり、三日目によみがえられた出来事は、ほかならぬ私のための出来事であるからです。この神学校週間を通して、伝道者育成のための祈りとささげものがさらに加えられることを祈るとともに、このことが『誰か』のことではなく、私と、私の家族のこととして受けとめられますことを願っています。」(日本バプテスト連盟50年誌より) 今年もこの原点を忘れずに一月間ともに祈りと協力を主にささげましょう。

 

 

公開日:
最終更新日:2019/08/19