横浜戸塚バプテスト教会 Yokohama Totsuka Baptist Church

日本バプテスト連盟 Japan Baptist Convention

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主日礼拝メッセージ(Sermon)

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2025年5月25日

主日礼拝

父が与える聖霊を心に受け入れよう
堀野浩嗣 牧師
ヨハネによる福音書14章15~24節

【ヨハネによる福音書14章16~17節】
16わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。 17この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。

【特別な約束】 特別な約束を弟子たちは十字架を目の前にした最後の夜にイエス様から聞きました。「あなたがたには、父が遣わす真理の霊(聖霊)なる弁護者(助け主)が与えられ、永遠に神が一緒いてあなたがたを守られる」という約束です。イエスに従う弟子にはそのような特別得点が与えられています。何と素晴らしい恵みでしょうか!
【主は愛する人にご自身を表される】 このことを聞いたイスカリオテのユダでない方の弟子のユダは「どうして私たちだけそんな特別得点をもらえるのですか?」(22節)と言いました。この質問にイエスは「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守ります。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住むのです。」(23節)と答えます。イエスを信じる人は、イエスに従う人です。イエスに従う人はイエスを愛します。神様は口先で「イエスを愛している」と感傷的になることを求めているのではありません。また愛がない、信仰がないと嘆くことも求めておられません。今日一日の歩みの中で具体的にイエスの言葉や教えに従い、イエスを愛するアクションを取ることを求めています。そして、ほんのわずかでもイエスを愛するアクションを行動に移した人に主はご自身を表し、弁護者、助け主なる聖霊を遣わしてあなたを助け、救ってくださいます。
【Love is action】 弟子たちがイエスを見ることが出来たのはどうしてでしょうか?それはイエスに従い続けたからです。私たちも聖霊が感じられなくても神様を肉の目で見ることが出来なくても、イエスを愛し、イエスに従い続けましょう。そうすれば、必ず主は聖霊によって働き、主が生きてあなたと一緒にいることを必ずはっきりと示してくださいます。

【牧師 堀野浩嗣】

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2025年5月18日

主日礼拝

聖なる願望を携えて
堀野浩嗣 牧師
ヨハネによる福音書14章12~14節

【ヨハネによる福音書14章12~14節】
はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。わたしの名によってわたしに何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。

おはようございます。みなさんはどんな願望や願いを今もっていますか?現代はなかなか、願いや夢を持ちにくい時代かもしれません。むしろ目の前の問題の解決や日々の必要や不足を満たすことばかりが目下の祈りかもしれません。それでも自分の人生や家族の祝福、夢の実現、健康、経済、仕事、学業、人間関係、世界の平和、教会成長、御国の拡大・・・様々な事柄を祈っておられることと思います。
聖書は救い主イエス・キリストを通して現わされた神の栄光を見ること、そしてそれによって充足することを祈り求めるように薦めています。どんな時もイエスの御名によって祈ることによって、主は私たちに願いを聞き、神の栄光を現してくださいます。今日イエス様はおしゃいます。「わたしを信じる者は、私の行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる」。イエス様サイズの聖なる願望を携えて、イエス様の業を共に行う者としての招きを受け入れましょう。そして、どんな時も、どんなこともイエスの御名によって祈りましょう。主のみ心の中ですべては聖霊によって万事益として練り清められ、主が事をなされる時に一切を主がご自身の栄光のために叶えてくださいます。 「神の栄光のために、わたしの名によってわたしに何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」と約束してくださる主に信頼して、イエスによってすべては成し遂げられると信じて新しい一歩を踏み出しましょう。

【牧師 堀野浩嗣】

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2025年5月11日

主日礼拝

心を騒がせずに信じる
堀野浩嗣 牧師
ヨハネによる福音書14章1~7節20250511_堀野宣教中

ヨハネによる福音書14~17章はイエスキリストが十字架に架けられる前夜の最後の晩餐の席上で弟子たちのために語られたラストメッセージであり、イエスの渾身の祈りです。そして、今年度の教会主題聖句ヨハネ福音書16:33はこのイエスのラストメッセージの最後の言葉です。今日から「勇気を出して生きる」と題してメッセージシリーズを約10回していきます。今の時代は、個人、家庭、社会、教会・・・、どこにあっても霧の中を進まなければならないような時代です。目の前に何が待ち受けているか誰も分からず、手探りで進まねばならず、不安の多い時代です。その中で人は確かな何かを求めています。お金でしょうか?人の教えや言葉でしょうか?数字や資格でしょうか?自分の信念や能力でしょうか?わたしたちクリスチャンにとっての確かなものとは何でしょうか?何を確かなものとして携えて、霧の中を勇気を出して進めばよいか、ご一緒にイエスの教えと祈りに心を留めましょう。

【ヨハネによる福音書14章1~7節】
1「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。 2わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。 3行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。 ・・・6イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」・・・

イエスさまの弟子たちと同じように私たちは弱い者です。目の前の出来事に恐れや不安がありいつも心を揺さぶられています。しかし、そのような私たちにイエスさまは励ましと約束、そして希望を与えてくださいます。天国に私たちの住む家があります。イエスさまが私のために備えてくださっている家です。居場所があると言うのはとても大事なことです。帰る場所があることは私たちの希望の源です。この天の父の家に行く方法はイエス・キリストを「道、真理、命」と信じることです。たった一つの「道・真理・命」に人生の土台が定まれば、日々の生活の揺れは最小限になります。

【牧師 堀野浩嗣】

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2025年5月4日

主日礼拝

天国のドレスコード
堀野浩嗣 牧師
エフェソの信徒への手紙4章17~24節堀野宣教中

【エフェソの信徒への手紙4章21~24節】

キリストについて聞き、キリストに結ばれて教えられ、真理がイエスの内にあるとおりに学んだはずです。 だから、以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。

命を与えられない偶像を拝み、人間の知識や行いによって死の恐れと罪を覆い隠し、終わりには滅びに至る空しい生き方から私たちはキリストによって解放されました。神の子イエスキリストが私たちのすべての罪を十字架で贖ってくださり、神の全能の完全な表れとして3日目にイエスキリストを死からよみがえらせられたからです。今日、罪を告白してイエスキリストを救い主と信じて、主なる神に結ばれて生きる人はだれでも神の子とされ、神の子に相応しい白いドレスが与えられます。そして地上にありながら天国に属する者として、キリストの命の輝きに満たされて、主のため用いられ、死で終わることのないよみがえりの命の希望と喜びが与えられます。

*古い人を脱ぎ捨てる
全知全能の神を知り、キリストに従う人は古い人(自分の考えや人間中心の生き方)を脱ぎ捨てること(悔い改め)を喜ぶ。

**心の底から新たにされる
表面的な行いやスタイルの新しさではありません。心の底、つまり霊的一新です。礼拝とみ言葉、祈りと賛美で神と交わりを持ち、日々聖霊よる霊的な刷新を求めましょう。

***神にかたどった新しい人を着る
私たちは特別な人や誰かのようになる必要はありません。ただキリストに似た者とされて歩むことを求めましょう。キリストに憧れ、学び、「義」(神のみ前に正しい行い)、「聖」(神への献身)、「真理」(偽りや見せかけでなく誠実さ)を一人ひとりがその人生において生きるそれが天国のドレスコードです。

【牧師 堀野浩嗣】外掲示板

 

 

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2025年4月27日

主日礼拝

信じることの祝福
堀野浩嗣 牧師
ヨハネによる福音書20章27~29節堀野宣教中

【ヨハネによる福音書20章27~29節】
それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」 トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

今日は横浜戸塚バプテスト教会の教会組織(設立)38年を記念する主日礼拝です。私たち横浜戸塚教会は、小さな一つの家庭集会の祈りから始まり41年前この地で毎週の礼拝を開始し、38年前現在の場所に教会を開設しました。その間多くの方々が共に礼拝をささげ、み言葉と信仰を分かち合い、祈りと奉仕と献金をささげ福音を宣べ伝えて歩んで来ました。それは牧師や信徒の力や思いでものでなく、ただ主の恵みであり、教会の主であり、頭であり、真の牧者であられるイエス・キリストの恵みの御業です。今日献げる2150回目の礼拝と38年目の教会の歩みの上に主の豊かな祝福がありますように。

*疑いこそ信仰の第一歩
「疑い深いトマス」として知られているが、彼は誠実にキリストに従い、熱心に信仰を求めていた人物です(ヨハネ14:5、20:25)。イエスはトマスの疑いを非難するよりも、彼の求めに応じてご自身を現され、彼を信仰告白へ導かれたのです。私たちの「疑い」も、信仰の敵ではなく、むしろ信仰に至る出発点となり、み言葉と祈りを通して信仰に変えられる可能性があります。つまるところ最後は「信じるか」「信じないか」なのです。

**見ないで信じる人は幸いです
トマスは疑いから出発して、復活の主を見て信じました。しかしそれは証拠や証明によって理解したのではなく、復活のキリストとの人格的な出会いと交わりによって信じたのです。私たちはキリストを目で見ることはできません。しかし、み言葉と聖霊を通して主との人格的な出会いは今日も可能です。イエスは今日「見ないのに信じる人は幸いである」と祝福へ招いておられます。疑いにとどまらず、信じることの祝福を受け取りましょう。

【牧師 堀野浩嗣】

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2025年4月20日

主日礼拝

主はあなたの傍らに共におられます
堀野浩嗣 牧師
ルカによる福音書24章13~35節堀野宣教中

【ルカによる福音書24章13~35節】

30一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。 31すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。 32二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。

  復活祭(イースター)おめでとうございます。十字架に架けられたキリストは3日目に墓からよみがえられました。キリストは罪と死の滅びから私たちを贖い、私たちの人生のゴールを虚しい死から希望と喜びに満ちた復活へと変えてくださいました。イエス・キリストを信じる人のゴールはキリストと共なる復活に決定しています。どんな悩みや心配、死の恐れがあろうとも、来るべき復活のゴールを前提にして人生を進めていきましょう。日々私たちがイエス・キリストの十字架の救いと命に結ばれて歩めばその先には必ず復活があります。この喜びと希望に満たされて生きることこそがクリスチャンライフです。

*常識的に復活は信じられない

復活を受け入れられないあなたは常識人です。この世の常識や科学で復活は証明できません。しかし聖書は疑いながらも信仰を持ってキリストの復活を証しています。この世の常識を超えて、弟子たちやイエスに従った人々はよみがえられたキリストに出会い、死を打ち破られた復活のキリストを信仰によって一人ひとりが体験したのです。

**人生の途上、主はあなたの傍らに共におられる

《イエスご自身が近づいて来て、一緒に歩き始めた》 フットプリント「足跡」の詩
《主はみ言葉と賛美と祈りの中に生きておられる》 イエスのメッセージとして、賛美として、祈りとして心に受け取る時、霊の目が開かれ復活の主にお会いする。
《主は私たちのくすぶる心を燃やしてくださる》 主から与えられた信仰の火は決して消えません。むしろ主は消えかかった心の灯心を消すことなく、聖霊を送り再び燃え立たせてくださいます。そして復活の信仰で人生を歩み復活の主を告白する人にされます。

【牧師 堀野浩嗣】外掲示板

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2025年4月13日

主日礼拝

イエス・キリストは君を忘れない
堀野浩嗣 牧師
ルカによる福音書23章26~43節20250413_堀野宣教

【ルカによる福音書23章26~43節】

40すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。 41我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」 42そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。 43するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。

2025年の受難週にいよいよ今日から入ります。心と時間を主のために取り分け、イエス・キリストの十字架の側に立って、この1週間を過ごしていきたいと思います。イエスさまの十字架の側でしか見えてこないこと、聞こえてこないことがあります。そして、イエスさまの御声を聞く時、私たちは魂に救いを受けます。受難週の聖なる一週間を通して、一人ひとりが主の十字架のもとに近づき、主の救いと癒しを受け取りましょう。

*幸福な結末
もし、神さまから自分の人生の最後の1ページを執筆する権利を与えられたら、皆さんはどんな最後の1ページを書きますか?人生は、一つの選択で一瞬にして決まることがあります。イエスの両隣に共に十字架に架けられた囚人の一人は最後の瞬間にイエスを信じて、信仰を告白しました。この告白一つでイエスは即座に救いを宣言されます。イエスを信じる人は「今日」(無条件で、一方的恵みで)、「楽園」(永遠の命)に入れられます。

**救われてキリストと共に生きる永遠の命の人生とは?
#自分の価値の再発見  #孤独や不安からの解放  #罪の赦しと過去との和解
#死に対する希望   #他者との新しい関係の始まり
あなたは、過去の失敗にも、今の苦しみにも、未来の不安にも縛られる必要はない。あなたは愛されていて、守られていて、赦されていて、希望がある。それが救いであり、その中心にイエス・キリストがおられます。人生のどのような時にも、イエスさま!私を思い出してください!共にいてください!あなたを受け入れます!とイエス・キリストを主と告白する人生を歩みましょう。

【牧師 堀野浩嗣】2B7605C4-A1C2-406A-A6BA-D0396E4F556C

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2025年4月6日

主日礼拝

結び目の役割の人
堀野浩嗣 牧師
エフェソの信徒への手紙4章11~16節牧師いのり

【エフェソの信徒への手紙4章16節 】

キリストにより、体全体は、あらゆる節々が補い合うことによってしっかり組み合わされ、結び合わされて、おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆくのです。

2025年度がスタートしました。入学入園、就職や新生活が始まる皆さんおめでとうございます。そして新しい歩みの上に主の祝福と導きを心よりお祈りいたします。教会も先週日曜日定期総会が行われ、新年度の教会テーマ主題聖句、活動計画や予算が定められ、新年度の歩みが始まります。毎週ともに主を礼拝し、神の国を建て上げるための主イエスに仕えしてまいりましょう。

*教会はキリストの体、私たちは体の器官
教会はこの世に今も生きて働く霊なるイエス・キリストを見える形で証しするキリストの体です。教会堂が教会なのでも、牧師や宣教師が教会なのでも、執事会やプログラムが教会なのでもありません。一人ひとりがキリストの体を構成する器官です。クリスチャンはキリストの体に結ばれて、主の召し応え各自が主体的に主に仕えることで喜びに満たされます。そして、キリストの体は神のみ心に適って成長していくのです。あなたはキリストと結ばれ主の召しに応えて、主からいただいたものを主のために用いていますか?

**結び目の役割があってこそ
体の各部分が統合されて働き、成長するためには多くの結び目(関節)が必要です。各々の賜物による働きはすばらしいものです。しかし、それを結び合わせ、つないで上手く調整する結び目の役割があって初めて体として成長し、全体として成長していきます。イエス・キリストは神と罪ある人間の結び目となるためこの世に来られ、十字架の愛で神と人間を結び合わせてくださいます。私たちも神と人、人と人、個人主義や自己中心、分断した家庭や社会を神の愛によって結び合わせる結び目の役割の人を買って出ましょう。大変かもしれませんが必ずキリストによって、愛の内に、造り上げられます。【牧師 堀野浩嗣】

公開日:
最終更新日:2025/05/24