横浜戸塚バプテスト教会 Yokohama Totsuka Baptist Church

日本バプテスト連盟 Japan Baptist Convention

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主日礼拝メッセージ(Sermon)


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2022年1月16日(日)主日礼拝

向きを変えて出発せよ

申命記1章6〜8、29〜33節説教中

今日から申命記を読みます。荒れ野にて約束の地を見つめつつモーセはイスラエルの民に持てる力を尽くして神の言葉を語りました。モーセのメッセージに耳を傾けましょう。そして神の言葉に聞き従う祝福と幸いに心を留めましょう。

我々の神、主はホレブで仰せになった。「あなたたちは既に久しくこの山にとどまっている。向きを変えて出発し、アモリ人の山地に行き、更にその近隣地方、すなわちアラバ、山地、シェフェラ、ネゲブ、沿岸地方に行きなさい。更にカナン人の土地、レバノン山、大河ユーフラテスにまで行きなさい。見よ、わたしはあなたたちにこの土地を与える。」   申命記1:6〜8

モーセは、荒野の40 年の旅が終わる時、イスラエルの民に再び「向きを変えて出発せよ」と神の言葉を語りました。これは、民が御言葉の真実と、神のみ業の恵みを覚えると共に、自分達のゴールを再確認するためでした。出エジプト後のイスラエルの民の荒野での旅路は困難の連続でした。しかし、主はいつも民を憐れみ、力強い御手をもって助けてくださいました。それにもかかわらず、民のカデシュ・バルネアでの不信仰は約束の地まで約11 日ほどの道のりを40 年にまで引き延ばしてしまったのです。
現代の私たちクリスチャンは天の御国を目指して進むものです。時々、天の御国が見えなくなるばかりか、信仰を通して与えられる神の御支配さえも忘れてしまうようなことがあるでしょう。しかし、主は「見よ、わたしはあなたたちにこの土地を与える」(8 節)と約束されているのですから、主に全く信頼して日々、主と共に歩み続けましょう。

「向きを変える」とは方向転換をすること、聖書では「悔い改める」ことです。イスラエルの民は数々の奇跡や主の恵みを体験しながら、主にまっすぐ向くのに40年の霊的な訓練が必要でした。主は「とどまる」時を与え、また「出発する」時も与えてくださいます。主が語られたなら肉の心を捨てて自分の計画や考えとは異なっていても、主の御声に従って行きましょう。遅すぎる早すぎることはありません。クリスチャンと教会が主の言葉に従う信仰によって出て行き、現在にも未来にも神の国を勝ち取らなければなりません。

 わたしはあなたたちに言った。「うろたえてはならない。彼らを恐れてはならない。あなたたちに先立って進まれる神、主御自身が、エジプトで、あなたたちの目の前でなさったと同じように、あなたたちのために戦われる。また荒れ野でも、あなたたちがこの所に来るまでたどった旅の間中も、あなたの神、主は父が子を背負うように、あなたを背負ってくださったのを見た。」   申命記1:29〜31

父なる神は私たちがどんなに不信仰で、怠惰で、主の御心を悟ろうとしない放蕩息子や娘でも、私たちが主に向きを変え帰ってくるのを待っておられます。そして、たえずわたしたちのために救いの計画と戦略を練り、導き、キリストの十字架の愛で愛し、その懐に抱き寄せて回復と再起の時を与えてくださいます。ハレルヤ! 主と共に出発しましょう。看板

 

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2022年1月9日(日)主日礼拝

「主に委ねよ」

ヨハネによる福音書14章1~11節

内田泰亮宣教中

新しい年2022年の目標や計画を立てましたか。 水を差すわけではないのですが、どんな計画でも、大きな壁にぶつかる時があります。誰でも人生で大きな壁にぶつかる時があります。 自分の人生の土台が崩れてしまった。何をどうしたら言いかわからない。何をやってもうまくいかない。そんな時どうしますか。
イエス様が十字架に架かった時の弟子達はきっと、とてつもなく大きな壁にぶつかったでしょう。イエス様はその時のことを心配して弟子達に言いました。

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。」 (ヨハ 14:1)
イエス様を信じるということは信仰をしっかり持つということです。その信仰についてイエス様ご自分を道、真理、命、と言いました。

「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」 (ヨハ 14:6)
ここでいう「命」は、地上の肉体の生命活動の事ではありません。
人間は神様から吹き込んでもらった息によって「生きる」ものとなりました。神様に与えられた生きる事、生きて神様によって心を満たされたいと思う命が、ここでいう「命」、人間が元々神様から頂いていた永遠の命です。
しかし「罪」によって神様から引き離されてしまった人間は、神様によってではなく、この世の欲望で心を満たそうとしています。それは永遠に満たされない無限の飢え渇きに陥ってしまうということです。これがこの世の人間の姿です。
しかしイエス様の十字架によって人は神様と再びつながる事ができます。神様によって満たされることができるようになるのです。イエス様こそ神様と罪人である全ての人間を橋渡しする道であり、満たされる命であり、福音の真理なのです。そのイエス様を自分の救い主として心に受け入れる時、道であるイエス様を通して「命」が与えられるのです。

「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」 (詩37:5)
心に受け入れたイエス様と調和して一致して生きる事が主に委ねることです。
特に人生で大きな壁にぶつかった時こそ、内なるイエス様に委ねることが大切です。自分ではどうにもならないように見えても、イエス様は働いてくださっています。地球は回っているのです。祈りつつ、耐え忍び、主の御業がなされるのを待ちましょう。そうすれば主があなたのしようとすることを成し遂げて下さいます。
また、壁にぶつかる前でも日頃から、自分の知恵ではなく主に委ねて生きるならば、主はあなたが成し遂げようとすることを正して下さいます。

【内田泰亮】看板

 

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2022年1月2日(日)新年主日合同礼拝

「キリストの愛は忍耐強い」

コリントの信徒への手紙一 13章1〜13節

牧師説教中

 

この1年あなたは何を熱心に求めますか? どんなことに自分の焦点を絞りますか?

「それゆえ信仰と希望と愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」(1コリント13:13)
現代の世界は消費しては消えていく、便利な使い捨ての時代です。しかし、そのような人間中心の便利さは地球環境にも人間社会にも痛みや破壊をもたらしています。そして多くの人の心に「自分は何の価値も必要もない人間なのではないか?」という現代病が広がっています。パウロはイエス・キリストによって与えられる信仰・希望・愛こそがいつもまでも残り、その中でもキリストの愛がすべてにおいて圧倒的な優位性が(特効薬で)あるといいます。キリストの愛とは十字架で示された神の愛です。人はキリストの愛によって愛されて癒され、新しい命を与えられ、そして、キリストの愛で自分も他者も愛するようになるのです。自分のうつろう愛の力ではなく、私を通して働く永遠の神の愛によって、他者とこの世界を愛し、喜び、祝福するようになるのです。

 

キリストの愛は忍耐強い

愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅びない。
Ⅰコリント13:4〜8a
キリストの愛は忍耐強い愛です。「忍耐強い」マクロスィメオはマクロス(長い・大きい)とスィモス(怒る)という言葉が合体してできた言葉です。「キレない」どんなに人に怒りたくなることがあっても、そんな自分を神がどれほど忍耐しておられるか思い出しましょう。「キラない」もう関係も繋がりも命も切ってしまおうかと考えたら、キリストの十字架を見上げましょう。キリストの愛は全てを結び合わせ、癒し、回復し、完成する不思議な結びの帯です。

 

愛することは捨てること

幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。           Ⅰコリント 13:11
子どもは愛してもらうことをひたすら求めます。大人は子どもが求めることをしてあげます。子どもはたくさんの愛を受けて、愛することができる大人に成熟します。いつまでもしてもらうことだけを求める大人は子どものままです。信仰者の成長も同じです。パウロはキリストの愛を知った今、教会に対してキリストの愛を受ける者から与える者へと献身することを勧めています。なぜなら受けるよりも、与えるほうが遥かに幸いだからです。

看板

 

 

 

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2021年12月26日(日)年末主日礼拝

暗闇から驚くべき光の中へ

ペトロの手紙一 2章6〜10節礼拝前のスライド

説教

 

堀野牧師が独断で選ぶ2021年教会3大ニュース!

《堀野牧師神奈川連合連合会長に就任》・・・若輩者の私を神奈川連合の会長に据える神奈川連合の懐の深さに驚き。連合内の20教会を覚えて自分以外の教会のためによく祈った。もう一年継続です。ご協力とお祈りをよろしくお願いいたします!

《教会てらこや「ライトハウス」をスタート》・・・キッズやユースを取り巻くさまざまな課題が多くあることに気付かされた。今後、教会の祈りと召しがさらに深まるように祈る。

《次女がコロナ禍の中で新年早々に大手術》・・・個人的なことで恐縮です。娘に無事、癒しと守りが与えられ、神の家族の多くの人々の祈りに支えられました。感謝します!

2021年も残すところあと5日です。皆さんは今年一年どのような出来事があったでしょうか? 過ぎた一年を振り返りつつ、全てを主に委ね今年最後の主日礼拝をささげ、新しい年2022年を迎えましょう。

イエス・キリストこそ救いの岩

「見よ、わたしは、選ばれた尊いかなめ石を、シオンに置く。これを信じる者は、決して失望することはない。」 (ペトロⅠ 2:6)
イエスさまを救い主キリストと信じて生きる人は決して失望することがありません。二千年前イエスさまを信じた人々はごくわずかで、弟子たちさえもイエスさまにつまずきました。しかし、悔い改めてイエスさまを信じる信仰によって回復が与えられ、キリストの福音は受け継がれ、全世界に述べ伝えられています。

暗闇から驚くべき光の中へ

「しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。」 (ペトロⅠ 2:9)
どんなにこの世や私たちが生きる社会、そして私たちの心に暗闇が広がり、その暗闇がさらに暗さを増しているように思えても、キリストの光はあなたの内に注がれ、この光をあなたがあなたの心に灯すなら、いかなる暗闇もその光に打ち勝つことはできません。暗闇に打ち勝つ驚くべきキリストの光はすでに放たれ、あなたに注がれています。

主の力ある業を宣べ伝える

 主がそのような驚くべき業をわたしの人生にしてくださるのは、あなたが主を広く伝えるためです。主の業をあなたは誰かに証しましたか? 伝えましたか?

*今年一年に主が私にしてくださった主のみ業を思い出しましょう。

 

*主のみ業を近くの方と分かち合い、互いの祝福を主に祈りましょう。看板

 

 

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2021年12月19日(日)クリスマス主日礼拝


クリスマスを信じる人

マタイによる福音書1章18〜25節牧師説教中

 本日は2021年のクリスマス主日礼拝です。クリスマス、それは今から約2千年前、聖霊によっておとめ(処女)マリアの胎に宿り、人としてお生まれになった神の御子イエス・キリストがわたしたちに不思議な驚くべき御業を成(な)してくださる日です。わたしたちが主イエスを心の真ん中にお迎えし、この世の知識や目に見えるお金や権力に頼ろうとしている心を悔い改めて、主イエス・キリストだけを信頼し、このお方にある神の権威、偉大なる神の力にのみ信頼をおいて、すべてのことを願い続けるなら、わたしたちの日々の必要は満たされ、疲れた魂と心はいやされ、心の底から平和が与られます。世界的な新型コロナウィルスによるパンデミック、また自然環境や政治経済、人間社会の不安定な様相はさらに激しさを増している現状です。しかし、闇が暗ければ暗いほど光は輝きます。クリスマスの救い主イエス・キリストを心から信じて、キリストにより注がれる神の愛と希望の光を今日、受け取りましょう。 メリー・クリスマス!

神は存在しない!?
 現代の全ての基準は知識や科学です。そして全てのことは人の英知と努力によって解明できるので「神は存在しない」。これは家庭や学校や職場で暗黙のルールのようになり、儀礼行事以外の実生活の中で神について語ることや、祈ることはほとんどありません。

「妻マリアを迎え入れなさい」
 マリアの聖霊による懐妊を知ったヨセフは正しい人だったので人間的な考えや方法の最善策で考えた結果、婚約者マリアと縁を切ろうとします。しかし、神はマリアを迎え入れるように、つまり人の人知を超えてことを成される神を信じるようにヨセフに迫ります。

「マリアの胎の子は聖霊によって宿った」
 マタイ・ルカ福音書両方ともマリアはおとめ(処女)だったと言っています。受け取り難い、あり得ない方法をあえて神様は取られたのです。なぜでしょうか?神の救いが人間の力によらず、聖霊によって行われ、人間は神様の救いに介入できないこと表すためです。

「その子をイエスと名付けなさい」
 生まれる子の名はイエス(主は救い、主が救う)。 人は人を救うことは本質的にはできません。しかし神は世の全てを万事益として用いて、十字架さえ用いて人を救われます。

「インマヌエル (神は我々と共におられる)」
 神様は大きな寺院や病院や人間の驚くような富や美しさや力ある場所、奇跡体験の中におられるのではない。私の人生の只中におられます。全ての人を救うためにお生まれになったイエス・キリストは今日私の人生に共におられ、私を救ってくださると心に信じる人にクリスマスの本当の喜びと祝福は与えられます。看板

 

 

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2021年12月12日(日)アドベント第三週主日礼拝


すべての民の旗印

イザヤ書11章1〜10節IMG-6477

 みなさんの人生の旗印はなんでしょうか。キリスト教会とクリスチャンの旗印は十字架であり、クリスマスに人としてこの世にお生まれになった神の子、救い主イエス・キリストです。主イエスは友なき者の友となり、すべての人をご自身の十字架のみ旗の影にかくまい、罪を贖い、きよめ、主ご自身が全面に立って悪しきものの火の矢を盾となって守り、命と平和の道へと導いてくださいます。いよいよ来週は2021年のクリスマスです。あなたの人生にはイエス・キリストの旗印が昇っていますか? キリストの旗印に心を定め、集いましょう!また一人でも多くの方とご一緒にクリスマスの主イエス・キリストを礼拝いたしましょう。お一人お一人にとって楽しく、すばらしいクリスマスとなりますように。

 

*旗印はイエス・キリスト

その日が来れば、エッサイの根はすべての民の旗印として立てられ
国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く。   イザヤ11:10
 イスラエルは自らの不信仰により国が滅びます。しかし、一旦は切り倒されたかに見えた切り株に主は小さな芽(ひこばえ)を生え出でさせられます。このイザヤ預言から約700年後、救い主イエスはダビデの子孫としてこの世界にお生まれになり、十字架において罪を贖い、完全な平和と愛を示し、主の栄光の力により三日目に復活されたのです。

*主の霊に満たされる

エッサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、その上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊、思慮と勇気の霊、主を知り、畏れ敬う霊。   イザヤ11:1〜2
 イエス・キリストを旗印として人生に掲げ、主と結ばれて歩む人には主の霊が注がれます。 ① 知恵と識別の霊(物事の本質を見極める力)  ② 思慮と勇気の霊(与えられた使命に従い決断する力)  ③ 主を知り、畏れ敬う霊(神との関係に生き、神を愛し、神を喜ぶ力) です。

 

*くすしき平和がこの地に

狼は小羊と共に宿り、豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち、小さい子供がそれらを導く。牛も熊も共に草をはみ、その子らは共に伏し、獅子も牛もひとしく干し草を食らう。乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ、幼子は蝮の巣に手を入れる。わたしの聖なる山においては、何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。水が海を覆っているように、大地は主を知る知識で満たされる。  イザヤ11:6〜9
 イエス・キリストを信じて歩む人には完全な平和が与えられます。人の知恵、人の力によって造ることも得ることのできない不思議な安心と安らぎがキリストによってこの地に与えられます。救い主イエス・キリストの平和にあずかることこそ本当のクリスマスの意味です。IMG-6472

 

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公開日:
最終更新日:2022/01/16