横浜戸塚バプテスト教会 Yokohama Totsuka Baptist Church

日本バプテスト連盟 Japan Baptist Convention

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主日礼拝メッセージ(Sermon)

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2021年8月1日(日)主日礼拝
「父の御心を祈りとする」 

マタイによる福音書6章5〜15節

 今日から8月に入ります。酷暑の毎日が続いています。お一人お一人の健康が主の御翼の陰で守られ、天からの涼風恵風を受けて癒されるように心よりお祈りいたします。日本ではオリンピック開催と日本選手の連日の活躍が報じられ、地道な努力や研鑽、ワンプレーに人生を賭ける姿に感動を覚えます。しかし、その一方で連日のコロナ感染者急増のニュース、週明けから始まる緊急事態宣言の再発令に戸惑いや困惑、先の見えない心配を覚えておられることと思います。感染予防に心を引き締めつつ、教会の礼拝もディスタンスでの対面とオンラインZOOMを並行して行ってまいります。互いに愛し合うため、自分と他者の命を守ることを最優先にしつつ、黙々淡々と主を愛し、信頼する心からの礼拝をお捧げしてまいりましょう。

主を知る

だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。                            (マタイ5:17〜19)

▶ イエス様は「天におられる私たちの父よ」と父と子の関係で祈るように教えられました。これは画期的なことです。天地万物を創造された全知全能の偉大な神を「私たちの父よ」と親しく呼べるのは驚くべき恵みです。
▶ 祈りの場所、自分の働きや知識、祈りの言葉、周りの状況が大切ではなく、すぐ近くにいる父と子の信頼と結びつきを軸にして、父なる神とあなたの関係を最も大切に扱いましょう。主との密かで深い祈りの交わりにおいて、あなたの必要はすべて満たされます。愛も希望も力も、そこから湧き出てきます。

主と共に歩む

御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも。
わたしたちに必要な糧を今日与えてください。(マタイ6:10〜11)

▶ 「御国」とは神のご支配のことです。自分の力で自分も他人も治め、自分の御心が実現するように祈るのではなく、この世界を神の義(正しさ)と愛でご支配ください、と祈りましょう。「御国」が来れば、罪の悪循環から、父なる神が御子イエス・キリストによって与えてくださる「愛と永遠のいのち」の循環へと移されます。そして、神のご支配に進んで服するなら、聖霊が自由に働かれ、日々の必要は万事益として満たされ、人は新しく造り変えられ、義と平和と喜びの輪が広がります。
▶ 人を造られた天の父は私たちが肉体精神においても、霊においても飢え渇く存在であることをよくご存知です。だから日々の必要を天の父に包み隠さず祈り求めましょう。説教中

 

 

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2021年7月25日(日)主日礼拝
「愛はすべての罪を覆う」 

マタイによる福音書5章38〜48節

 先週から人間の叡智と力の結集であるオリンピックが始まりましたが、日本と世界の国々の現状を目の当たりにして憂国の思いが募ります。経済中心、人間中心、科学万能によって愛を見失った現代社会が、創造主なる神の愛と恵みに立ち帰り、アガペー(無条件の神の愛)の愛を取り戻すように主が求めておられるように思えてなりません。皆さん、今こそ、十字架を通して主が示されたキリストの愛を知る、キリスト者の力の見せ所です!

主を知る
「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。 しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ5:43〜44)

▶ 旧約聖書のモーセの律法には「隣人を愛せ」(レビ記19:8、出エジ23:4)だけが命じられている。しかし、ユダヤ人は亡国と他国による支配の歴史の中で異邦人に対する憎しみが生まれ、隣人の枠は狭められ、敵を憎み「目には目を」の精神が根付いた。
▶ イエス様の教える父なる神の御心は「敵を愛し、自分を迫害する者ために祈る」こと。「敵」とはあなたが嫌いな人ではなく、あなたを嫌い、あなたを恨み、侮辱する人のこと。敵を愛することは、その人のために祝福を祈ること。イエス様は十字架の上ですべてを忍び、すべてを信じ、すべてを希望、すべてを耐える愛を示された。 「父よ、彼らをお赦しください!」(ルカ23:34)

「憎しみはいさかいを引き起こす。愛はすべての罪を覆う。」(箴言10:12)

「万物の終わりが迫っています。だから、思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい。 何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。」(Ⅰペトロ4:7〜8)

 

主と共に歩む
あなたがたの天の父の子となるためである。・・・だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」(マタイ5:45〜48)

▶ 敵を愛すのは良い人間になるためではありません。罪の支配から解放され、イエス様と同じように天の父と結ばれ、永遠のいのちと天の喜びと平安に充満した人生の完成を見るためです。しかし、誰も自分の力で敵を愛することも、完全になる事もできません。キリストと結ばれて初めて(コロサイ1:28)、私たちは完全な者とされます。キリストの力に信頼し、日々、祈りとみことばを通してキリストと結ばれ、キリストが私たちに与えてくださる万事を益とし完成させる聖霊の力に委ね信頼するのです。そのとき、自分の力では愛せなくても、祈れなくても、天の父の助けと力によって隣人を愛し、敵のために祈る者に変えられ、天のいのちに充満した人生の完成を見るのです。

イエスは言われた。「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」(マタイ19:21)説教中

 

 

 

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タイトル

2021年7月18日(日)主日礼拝
「悪循環を断ち切れ」 

マタイによる福音書5章17〜26節

 いよいよ今週金曜日からと東京オリンピックが始まります。しかし、日本のコロナ感染の現状は感染者が首都圏や大都市圏を中心に日増しに増加している現状です。昨年2月の第1波から考えると日本政府のコロナ感染症対策は無為無策による悪循環に陥っているように思えてなりません。オリンピックという一大イベントの成功や誉という重責が、政治や経済のリーダーたちの感覚を狂わせ、社会は思考停止に陥り、民衆の憎悪や疲れ、自己中心を生み出し、悪循環の連鎖を生み出してしまっている現状です。
そのような中で私たちは今日、主イエスのみことばと教えに聞くために集いました。すべての重荷や悩みを主に明け渡し、主のみ前に跪いて礼拝し、心のあるがままを祈りましょう。そして主の教えに従いましょう。主イエス・キリストが必ずあなたを救い、罪の悪循環をキリストが十字架において断ち切り、恵みと祝福の循環が生まれ新しい命が始まります。

主を知る
「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。だから、これらの最も小さな掟を一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。(マタイ5:17〜19)

 イエス・キリストはアダムとエバに始まり、カインとアベルに引き継がれた罪の悪循環を断ち切り、罪から人類を救うためにこの世界に来られた。人の行いや意思や努力によっては成し遂げることができなかった罪からの救いは神の子キリストが十字架に架けられ、裁きと苦しみを受けることによって成し遂げられた。十字架の主イエスを信じ、その言葉に聞き従う人は罪の循環から解放され、キリストに結ばれることにより天の恵みと祝福の循環へと変えられる。

主と共に歩む
「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。 しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。(マタイ5:21〜24)

 目に見えない天とつながり、主イエスとのつながりを確信できる基準は赦し(和解)です。主に赦されたように人を赦していることです。どんなに熱心に礼拝や祈りを捧げても、聖書の学びや賜物を生かした奉仕に取り組んでもそれが信仰の確信を生むわけではありません。目の前の他者を赦すことによって、信仰の確信が与えられ、さらに豊かな天の父の赦しと慰め、キリストの救いといのちにあずかるのです。

 

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公開日:
最終更新日:2021/08/01