横浜戸塚バプテスト教会 Yokohama Totsuka Baptist Church

日本バプテスト連盟 Japan Baptist Convention

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主日礼拝メッセージ(Sermon)

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2023年12月3日 アドベント第1週主日礼拝
「思いやり」に宿るイエス
マタイによる福音書25章31-46節
堀野浩嗣牧師牧師宣教中  

【マタイ25:40】 そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』

◇2023年アドベント(待降節)が今日から始まる!
今日から2023年のアドベント(待降節)が始まります。12/25クリスマスまでの間、4本のロウソクに明かりを一本ずつ灯しながら、真の光である主イエス・キリストの到来を待ち望みます。この4週間は教会の伝統ではみ言葉と祈りの黙想の中で聖霊の油注ぎを求め、それぞれの信仰生活を悔い改め、主の御心に沿い整える期間です。師走の慌ただしさの中にありますが、クリスマスの主役であるイエス様に心の焦点を向けましょう。

◇神の国を受け継ぐ羊たち
終わりの日に、全ての人が神の国を受け継ぐ者(羊)と永遠の苦しみに入る者(山羊)に分けられます。私たちは主の囲いの羊です。主の群れから離れて「一匹羊」になればサタンの餌食です。主の囲いにとどまることが命を守り、喜びの源です。
終末的な時代の暗闇がわたしたちを包んでいます。霊的な目に見えないものを信じること、主を畏れる信仰を持ち、キリストの教えに聞き従うことに世の人々は無関心です。むしろ多くの人々が肉的なものを求め、信仰や教会から離れている現状です。しかし、主の到来に備え目を覚まし、飼い主の声を聞き分け、主の囲いの中に留まり続ける「残りの民」の使命を果たしましょう。

◇イエスはどこに? 「思いやり」に主は宿られる
真の羊飼いイエス様の声を聞いて、主の囲いで養われる羊と、そうでない山羊を主はどうやって分けるのでしょうか? イエス様は人が見ないようなものに目を留め、人が見ないものを見ておられます。イエス様はこの世の最も小さき者に目を留め愛するためにこの世に来られ、わずか30年の人生を生きられました。そして、イエス様と同じ目と心で生きようとする「思いやり」(compassion)の所に宿られます。利得のためや自分の願い、世の評価でなく、イエス様が生きたように、イエス様が愛されたように私も生きようという情熱(passion)を持ち、日々の生活や人間関係に出かけましょう。
パン種のようにどんなに小さくとも、主イエスに聞き従う霊的信仰の種は増え広がりやがて豊かな祝福と喜びをもたらします。反対に肉の種は、今栄えているように見えても、やがてすべてのものをダメにし、最後は主が取り除かれます。聖霊の助けを受けて自分の心と信仰生活をみ言葉と祈りによって整え、クリスマスの喜びに入りましょう。

受付横馬小屋

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2023年11月26日 主日礼拝メッセージ
マタイによる福音書25章14-30節
「大切なのは数ではなく忠実さ」
堀野浩嗣牧師牧師宣教

【マタイ25:21】 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』

◇一人ひとりの力に応じて与えられたタレント
イエスさまが終末の時に備えて教えた、たとえ話はすばらしい希望と感動のストーリーです。ある主人が旅に出る時、僕たちに一人には5タラントン、もう一人には2タラントン、もう一人には1タラントンを預けました。1タラントンは今日の貨幣価値では約6000万円に相当します。タラントンとは神様がわたしたちに与えているかけがえのない意味と価値、才能や能力(タレント)を現しています。この世の評価や他者との比較ではなく、一人ひとりに神様は豊かで大きな、あなたにしかないタレントを預けておられます。

◇主は数字の大小でなく、忠実であることを喜ばれる
それぞれタラントを預かった僕たちの二人はそれを用いて、それぞれ商売をして儲けを得ました。主人は額の違いには目も向けず、同じ言葉でこの二人の僕を大いに喜び、さらに祝福します。一方で1タラントン預かった僕は失うことや失敗を恐れて、土の中に隠していました。主人は彼の心を悲しみます。主は私たちの数字や働きの大小を見られません。主はわたしの主に対する忠実(ピスティス)さ、信仰(ピスティス)によって応答することを喜ばれます。一方で私たちは富の大小や数字の比較に囚われてはいないでしょうか? 与えられた限りある人生を主のために忠実に用いることを大切にしましょう。

◇主は恵み深く、憐み深いお方
土に1タラントを隠した僕は主人に言い訳します。「御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、・・・」(24節)その通りです。主は無から有を生み出し、一人ひとりを神の作品として造り、小さき者に目を留め、すべての人間の罪をご自身の命をもって贖って新しい命と使命を与える、恵み深く、憐み深いお方なのです。だからこそ、私たちは主を恐れて、主のみ前から隠れるのではなく、聖書を通して主を知り、主の深い恵みと憐みに応えて、主の喜びに入り、主から託された自分の人生を主のみ業のために忠実に用いましょう。
【牧師 堀野浩嗣】

 

 

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2023年11月19日 主日礼拝メッセージ
堀野浩嗣牧師
「 油の用意は出来たか?」
マタイによる福音書25章1-13節堀野宣教中

【マタイ25:1~4】 そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。 そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。 愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。 賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。

◇「これらすべて産みの苦しみの始まりである」(マタイ24:8)
マタイ24:1~でイエスさまは終末の到来について語られます。様々なしるしを伴って、苦難の時が訪れ天地はやがて滅びるが、主の言葉は決して滅びず、目覚めて主の言葉を信じ待ち望む人々には新しいいのちと神の国の支配が与えられる。

◇愚かなおとめと賢いおとめ
【花婿=イエス・キリスト  花嫁=キリストの教会  おとめ(ブライドメード)=信仰者】
これは当時ユダヤの習慣に倣ったたとえ。花嫁はおとめたちとともし火を灯して、花婿が迎えに来るのを待ち望んだ。おとめたちも共に新しい人生の祝福と喜びに溢れる。
キリストの再臨の時、信仰者は賢い者と愚かな者に分けられる。両者の違いは、油を用意していたか否か。賢いおとめたちは花婿の到着がたとえ遅れても、安心して夜を過ごし、眠っても油を用意していたので大丈夫だった。今、明るくともし火が灯され、楽しく充実していたとしても、あなたの心に聖霊の油は備えられているだろうか? 一人ひとりが表面的な生活や信仰に熱心になることよりも、一人ひとりの心の壺に、聖霊の油を蓄え、主の再臨に備えることこそ、目覚めている賢い者の姿。

◇油の用意は出来たか?
花婿到着が遅れて、様々な日常の困難や終末を予感させる出来事の中で、信仰のともし火が消えそうになる時、あなたが備えた壺の油が、イエス・キリストの救いを証し、他者を励まし、ともし火を再び燃え立たせ、人々と社会を主のいのちの道に導く。

【マタイ26:7】 一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。

わずかでも、小さくとも、あなたの心と人生という器に信仰の油をたえず満たし、困難と暗闇にあえぐ世界に救い主イエス・キリストの到来を指し示す、ともし火となろう。

2023年11月19日 日曜ゴスペルメッセージ
https://youtu.be/9PBphv96RdQ

外掲示板

 

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2023年11月12日 合同主日礼拝メッセージ
「選(えら)ばれた大切(たいせつ)なあなた」
ヨハネによる福音書(ふくいんしょ)15:16-17牧師宣教

☆あなたはイエスさまに選(えら)ばれて、この世界(せかい)に生(う)まれました。あなたの人生(じんせい)には無条件(むじょうけん)の父(ちち)なる神(かみ)さまの愛(あい)が注(そそ)がれています。 イエス・キリストの十字架(じゅうじか)はその、しるし!

☆あなたは何(なん)のためにイエスさまに選(えら)ばれたのでしょう? あなたの人生(じんせい)でイエスさまの愛(あい)の実(み)(お互(たが)いに愛(あい)し合(あ)うこと)を結(むす)ぶためです。 その使命(しめい)を果(は)たすために、イエスさまと一緒(いっしょ)に歩(あゆ)む人(ひと)には神(かみ)さまはどんな助(たす)けもあたえてくださいます。あなたが愛(あい)するアクションを実行(じっこう)する勇気(ゆうき)と力(ちから)と知恵(ちえ)は無条件(むじょうけん)の神(かみ)さまの愛(あい)を深(ふか)く知(し)っている人(ひと)だけあたえられます。 今(いま)は神(かみ)さまの愛(あい)の力(ちから)を知(し)り、持(も)っている人(ひと)が輝(かがや)く時代(じだい)です。

11がつのあんしょうせいく
あなたがたがわたしを選(えら)んだのではない。わたしがあなたがたを選(えら)んだ。あなたがたが出(で)かけて行(い)って実(み)を結(むす)び、その実(み)が残(のこ)るようにと、また、わたしの名(な)によって父(ちち)に願(ねが)うものは何(なん)でも与(あた)えられるようにと、わたしがあなたがたを任命(にんめい)したのである。  ヨハネによる福音書(ふくいんしょ)15:16

【牧師 堀野浩嗣】
今日の礼拝は、親子礼拝と主日礼拝の合同礼拝でした。
子供にもわかりやすいメッセージで、大人に人も親子礼拝の内容に触れられたようです。

 

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2023年11月5日 主日礼拝メッセージ
堀野浩嗣牧師
「決して滅びない主の言葉」
マタイによる福音書24章32-35節堀野宣教中

【マタイによる福音書24章32-35節】
32「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。 33それと同じように、あなたがたは、これらすべてのことを見たなら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。 34はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。 35天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」

思い出そう、そして受け取ろう。主の晩餐とバプテスマの恵み
プロテスタント教会(福音主義教会)の礼典は、カトリックの7つのサクラメント(秘跡)のように救いを受けるための条件として行わなければならない儀式ではなく、イエス・キリストが私たちのために行ってくださった救いの御業を目に見える形で信仰告白し、証しするものです。私たちの定める礼典は①キリストによって定められ、②使徒たちによって教えられ、③初代教会によって継承された、主の晩餐式(聖餐式)とバプテスマ(洗礼)の2つのみです。キリスト教会は約2000年間変わることなく、主のみ言葉に従い、救い主イエス・キリストの十字架の死よる罪の贖いと復活と昇天と終末の再臨を表す物として、この2つの礼典を守ってきました。私たちも主の晩餐とバプテスマの恵みを受け取り、キリストの血潮による罪の贖いとゆるし、死の支配からの解放と新生の光に輝く人生を生き、イエスの十字架の愛で結ばれた神の家族(教会)として歩んでいきましょう。
滅びるものではなく、決して滅びない主の言葉により頼む
現代社会は人間の科学技術や富や努力によって永遠に続くかのように考えるかもしれません。日本人の多くは円環的(四季、輪廻、中島みゆきの「時代」)に物事を見ます。そう考えれば気楽かもしれませんが、同じところを回っているようでいても、実際、人は年を取り、目に見える物はいつか古びて朽ちてなくなります。聖書が言うように創造に始まり、すべてのものは神の計画に従い、終りの時に向かって進んでいます。
今まさに世界は聖書でイエスが教えられたような終末的な時代のしるしをいくつも見ています(マタイ24:3~14)。だからこそ、人の子(キリスト)が戸口に近づいているという、信仰の感性に目を覚まして、決して滅びることのない主のみ言葉だけを私たちの歩みを照らす真の光として生活を営む必要があります。そして、環境破壊、災害、戦争、事件、様々な教会や聖書信仰やキリスト信仰に対する迫害や困難を見聞きしても、極端に恐れる必要はありません。イエスさまが再臨されるまでこの時代は完全には滅びず、主が再び来られる時、天地は滅び、主のみ言葉通りに神の国が完成します。そして、この主の言葉の約束は私たちの人生にも実現します。どんな滅びや苦難、恐れや試練の日にも主の言葉により頼む人は滅びず、主が来られて神の支配と新しい命をくださいます。
【牧師 堀野浩嗣】
2023年11月5日 日曜ゴスペルメッセージ
https://youtu.be/HuEN4RukT3Y

外掲示板

 

 

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2023年10月29日 主日礼拝
「脇目も振らず」
ルカによる福音書18章35-43節
宝田 豊 牧師宝田豊牧師宣教中

【ルカによる福音書18章35-43節】

35イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた。 36群衆が通って行くのを耳にして、「これは、いったい何事ですか」と尋ねた。 37「ナザレのイエスのお通りだ」と知らせると、 38彼は、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と叫んだ。 39先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。 40イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れて来るように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。 41「何をしてほしいのか。」盲人は、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と言った。 42そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」 43盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た民衆は、こぞって神を賛美した。

2023年10月29日 日曜ゴスペルメッセージ
https://youtu.be/Wri3bmLhBvw20231029_宣教タイトル

 

 

 

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2023年10月22日 主日礼拝
「「静かな沈黙の愛」
ヨハネによる福音書8章1-11節
杉野省治牧師杉野省治宣教中

当時のユダヤの社会では、姦通罪は石打ちの刑と律法に定められていた。姦通した女をイエスの前に突き出した者たちが、イエスにこの女は石打の刑になるのだがどうお考えになるかと、イエスを問い詰めた。しかし、イエスはお答えにならず、「かがみこみ、指で地面に何か書き始めた」。イエスは沈黙された。イエスは人間の問題は律法だけでは決着がつかないことをこの場面で教えられたのだろう。だから、では石を投げる者自身はどうなのかと問われたのだ。この問いによって、人々は罪は石を投げることでは決着がつかないことを知らされる。イエスは女に言われる。「だれもあなたを罪に定めなかったのか」。「主よ、だれも」と女は答える。するとイエスは「わたしもあなたを罪に定めない」と言われた。だれも石を投げる者がいないということは、人の掟では決着がつかないということだ。

ところで彼女は、皆が去った後のつかの間のシーンとした静寂に何を感じただろうか。これこそ、恐れと恥辱に震える彼女の立場に身を置いて考えてみなくてはわからないが、その静かな沈黙の中にイエスの温かさが感じられてならない。私はこれを「沈黙の愛」と呼びたい。彼女はこの愛に触れ再生に向かったのではないだろうか。P.トゥルニエという医学者は、人が「自分の過ちを認めるに至るとするならば」、それは「彼・彼女を裁いたことのないだれかとの、打ち解けた雰囲気の中で生じてくること」(『罪意識の構造』)と言っている。彼女は沈黙のうちに視線をそらしてくれたイエスとの温かな関係の中で、真の自分の姿を見ることができたのではないだろうか。

人々が立ち去った後、イエスが彼女に「だれもあなたを罪に定めなかったのか」と言われると、彼女は「主よ、だれも」と答えた。これに対してイエスは「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」と言われた。ここにイエスの愛と配慮を感じる。恐れと恥辱の中に突き出され、やがて静かな沈黙の中で赦しの愛に触れた彼女は、どんなにか平安を得たことだろうか。
杉野省治(逗子第一バプテスト教会牧師)外掲示板

 

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2023年10月15日 主日礼拝
「 永遠の命を生きる 」
ヨハネによる福音書17章1~3節
堀野浩嗣 牧師20231015_宣教中

本日は召天記念礼拝です。始めであり、終わりである、永遠なる主が成される召天の出来事を覚え、主の御前に畏みつつ、心から感謝しましょう。そして、先に天のみ国に主によって召し上げられ、召天凱旋された被召天者の教会員と主の御手に委ねて逝去された教会員のご家族・関係者のお一人お一人を覚えて、また、ご家族の慰めと平安を祈りつつ、天と地が一つにされ礼拝をおささげいたしましょう。

【ヨハネ17:3】 永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。

唯一まことの自分の造り主と救い主イエス・キリストを知ることを切に求めましょう。「主を知る」とは、聖霊によって「主と結ばれる」ことです。死と罪の暗闇によってサタンの支配の下にあった人生から、主イエス・キリストによって救い出され、キリストと共に神の世界に生きるようになること、それが永遠の命です。それが人間の幸福のすべてなのです。
主を知らなければ、自分がどんなに尊く、どんなに愛されているか、何のために生きるのか、わかりません。どんなに長生きして、今が幸せでも、多くの物を持っても、やがては朽ちて、死ぬだけです。現代社会は高齢者も、中高年も、子どもや青少年も、自分の存在価値が見いだせずに苦しんでいます。しかし、主を知った人生は、過去も現在も未来もすべて、永遠の命の光、十字架と復活のキリストの栄光に照らされ、尊く、愛すべきものとして輝きを放つようになるのです。

【ヨハネ17:10~11】 わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。

私たちはいつ主を知り、主と結ばれるでしょうか? それはイエスさまご自身が絶えず祈りの中で父なる神様を知ったように、私たちも心を天に向け、主に祈る時、私と共におられるイエス・キリストを知ることが出来ます。キリストは今も生きておられ、キリストを知る(信じる)人には聖霊が与えられ、主の栄光の光に照らされ、神の愛、命、平和、希望がどんな時もあなたの人生に注がれます。
イエスさまは地上の人生の最後の最後、弟子たちのために祈りました。サタンが弟子たちの心に入り込み、世の思い煩いと死の恐れ、そして主を信じて祈ることへの疑念を抱かせ、攻撃するからです。主があなたのために祈っておられます。主と共に永遠の命を知ることを求め、どんな時も、どんなことでもイエス・キリストの御名によって祈り、地上にあっても天にあっても、キリストに結ばれて、永遠の命を生きる人生を勝ち取りましょう。

【牧師 堀野浩嗣】

 

 

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2023年10月8日 主日礼拝
「人ではなく、神をほめたたえる」
コロサイの信徒への手紙3章12~17節
メッセージ 堀野浩嗣牧師堀野宣教中 

【コロサイ3:12】 あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですからから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい

神に選ばれ、愛されている「わたし」
今日の世界にも日本社会にも、人間への過度な礼讃(らいさん)が溢れています。一人ひとりの違いを認めて、自分の能力や力を用いて自分らしく、努力して良く生きる、ということは大切です。しかし、人は神ではなく被造物です。自分にしろ、他人にしろ、創造主なる神をほめたたえるのでなく、人間中心に歩めば、憐みの心を失い、愛さなくなり、傲慢になり、いらだち、不寛容で常に人を裁いてしまいます。

「あなたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されている」(12節)が、わたしたちの本当の価値であり、自分を見る目です。人ではなく、自分でもなく、行いや能力を結果や数値でもなく、神様が選び、イエス・キリストの十字架の贖いによって罪をゆるし、きよめ、無条件で完全なイエスの愛によってわたしたちは愛されています。

わたしたちはイエスさまに愛され、覚えられているというキリストの愛の帯(きずな)で結ばれて歩みましょう。キリストの愛が私たちの生活に希望と調和を与え、愛する者、平和をつくりだす者として主がこの世で用いてくださいます。

*キリストの愛の帯で結ばれる必要がある場所があなたの生活にありますか?

【コロサイ3:16】 キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。

詩編と賛歌と霊的な歌で神をほめたたえる
外面以上に内面にキリストの愛と、イエス・キリストを与えてくださった主なる神様への感謝と神様を信じる心を絶えず持ち続けるためにはどうすればよいでしょうか?
① キリストのみ言葉をわたしたちの心の内に豊かに宿らせる
② 知恵を尽くしてみ言葉を教え合い、諭し合う
③ 詩編(信仰告白)と賛美、霊的な歌でここから神をほめたたえる

現代の世は、人間を誉めるか、けなすか(キャンセルカルチャー)のどちらかの言葉で溢れています。せめて、日曜日や教会では、クリスチャンの交わりで取り組みましょう。ここで、キリストのみ言葉を内に宿らせ、世の教えでなく、み言葉で教え合い、霊的な歌で心からただ主をほめたたえる賛美に溢れることに熱心になりませんか?
しかし、わたしたちはキリストの愛の帯で結ばれて、この素晴らしい世界をお造りになり、私たちに永遠の命と希望を与える救い主イエス・キリストの言葉と神をほめたたえる霊的な歌で満たされましょう。そして、イエスの御名によって世に出かけましょう。
【牧師 堀野浩嗣】

外看板

 

 

 

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2023年10月1日 主日礼拝
「主に立ち帰り、救いを得よ」
ヨエル書2章12~14節、21~24節
メッセージ 堀野浩嗣牧師 宣教中

【ヨエル2:12~13】 主は言われる。「今こそ、心からわたしに立ち帰れ。断食し、泣き悲しんで。衣を裂くのではなく。お前たちの心を引き裂け。」 あなたたちの神、主に立ち帰れ。主は恵みに満ち、憐れみ深く。忍耐強く、慈しみに富み。くだした災いを悔いられるからだ。

心を引き裂く、悔い改め
預言者ヨエルが実際に働いた時代やヨエル書がまとめられた時代が何時なのかは分からりません。しかし、預言者ヨエルはイスラエルの歴史を振り返りつつ、主の日が必ず訪れることを意識して生きるように後の世代に言います。「主の日」とは主なる神が救いを完成し、全ての悪しきものを裁かれる時です。多くのイスラエルの預言者は主の日について語り、主に立ち帰るように求めました。しかし、民も王も表面的には悔い改めても、心根を偶像礼拝や人間中心から断ち切り、方向転換して主に立ち帰ることはなく、結果としてイスラエル王国は滅びます。

しかし、主は恵み満ち、憐み深く、忍耐と慈しみの神です。ご自身のくだした災いを悔い、罪をそのままにせず、イエス・キリストをこの世に送り、十字架に架け、その体から流れ出た血と水によって、救いと回復の道を開かれます。キリストの救いを得る道は、心を裂いて(=古い自分、自分の考え、方法、願い、心配、怒り、悲しみ・・・を破って捨てること)、主に立ち帰ること。

【ヨエル2:12~13】 大地よ、恐れるな、喜び躍れ。主は偉大な御業を成し遂げられた。野の獣よ、恐れるな。荒れ野の草地は緑となり、木は実を結び、いちじくとぶどうは豊かな実りをもたらす。シオンの子らよ。あなたたちの神なる主によって喜び躍れ。主はあなたたちを救うために。秋の雨を与えて豊かに降らせてくださる。元のように、秋の雨と春の雨をお与えになる。麦打ち場は穀物に満ち、搾り場は新しい酒と油に溢れる。

主の御名を呼び求める者は聖霊よって救われる
主の名を呼び求め、主の臨在の中で、主と共に喜びを踊ろう。天と地に満ちた主の偉大さに心を向け、必ず来る終末の時、新天新地と復活の希望を告白し、心を満たし、礼拝をささげましょう。荒廃し、渇いたわたしたちの人生に、聖霊の雨が必ず注がれます。主は秋の雨(はじめの雨)で、私たちの人生に蒔かれたみ言葉の種を芽生えさせ、大きく成長させ、春の雨(おわりのの雨)を注いで、熟した実りに溢れる畑として私たちの人生、教会、家庭を祝福の源としてくださいます。
表面的、外面的な収穫や実りや成長ではなく、心を裂いて主に悔い改め、主の御名を呼び求める者に聖霊によって完成する救いと祝福を信じ、求めましょう。そして、主の日から目をそらすことなく、主こそ神であると宣言して、2023年度後半の生活を建て上げていきましょう。
*自分の心にある罪、心にある様々な思いを引き裂いて、主に立ち帰りましょう。(黙想)
そのことを目に見える形で主の晩餐の招きに応えることで表しましょう。外看板

 

 

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2023年9月17日 主日礼拝
シリーズ 喜びが人生に満ちる⑧
「天に富を積む人生」
ルカによる福音書 12:29~34堀野宣教中

【ルカによる福音書12:29~30】  あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな。それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存じである。

思い悩みに心を支配させない
12章13節からを見てみるとイエスさま貪欲に注意すること。そして、この世の様々な思い悩みに、自分の心を支配され、天地を治める神のご支配とご計画があることを忘れてしまうことに注意するように言っておられます。 「思い悩む」(メリムナオー)は「心が別れる」というのが本来の意味です。思い悩みは私たちの心と体、心と行動、人の心と人の心をバラバラにしてしまい、行き過ぎれば心と体を病ませ、自分や他者を傷つけ、共同体を滅ぼしてしまいます。 天の父は恵み深く、慈しみに富んだお方です。私たちの生活に必要なものを必ず与えてくださいます。それだけではありません、寛大な主はイエス・キリストによって罪の赦し、永遠の命をくださいます。だから。どんなときも、どんなことも思い悩まなくてよいのです。

*今日、あなたの心はいくつに分かれていますか? 思い悩みを主に打ち明けましょう。

【ルカによる福音書12:31~33前半】  ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。自分の持ち物を売り払って施しなさい。擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。

天に宝を積む務めを全うする
わたしたちの地上の人生の思い悩みは、ただ神の国を求め、天に宝を積む人生を生き始めるときに晴れます。ハレルヤ!
「神の国」とはキリストが王となってすべてを治めて、キリストの義と平和が与えられることです。イエス・キリストがわたしの心と生活を治めてくださる、治めてくださいと心を全開にして祈る、その人の内に聖霊によって神の国は与えられます。自分自身についても、家族や仕事、教会・・・すべてにおいてそれを物心すべてにおいて治めておられるのは主であると心から信じて祈り、主のみ言葉に聞き従い歩みつづける、それが主から私たちクリスチャンに託された、天務です。この世にあっては働きや能力がわずかでも、天において主がそのように生きる人を宝として覚えてくださいます。主がご自身に聞き従うイスラエルを宝の民と呼びと永遠の祝福を約束されたように、私たちも神の宝の民となるのです。そして、主は天において溢れんばかりに豊かで大きな報いと祝福を一人ひとりの人生に注いで満たしてくださるのです。
【牧師 堀野浩嗣】外掲示板

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2023年9月10日 主日礼拝
内田泰亮 協力牧師
「一人で生きれるようになりたいですか」
コヘレトの言葉 4:9~12内田説教中

「コヘレトの言葉」は新改訳聖書では「伝道者の書」と呼ばれています。

【伝道者の書1:2】 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。

このようにコヘレトの言葉は仏教的な言葉で始まり、仏教的な言葉が多い聖書箇所です。父王ダビデが書いた多くの詩篇が神を賛美するのとは対照的に、ソロモンは「コヘレトの言葉」の中で、この世的なもの全てに虚しさを感じる事で神の不在を痛烈に感じ、神の臨在の大切さを訴えているのです。

【伝道者の書 4:12】 もしひとりなら、打ち負かされても、ふたりなら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない。

子供、特に反抗期の子供は親から離れたがります。この時期をきっかけに精神的にも自立していく子供達は多いと思います。しかし、人は人生を一人で生きるべきではありません。だから人は家族を作ります。そして教会という神の家族と共に生きます。そのほか学校や会社、地域の共同体に所属します。

では、一人の人間が、自分が所属している大きな共同体と戦うことは可能でしょうか。
例えば、その共同体全体が堕落している時、この世の欲望に捕らわれてしまっている時、その共同体に支配されている一人が、自分を支配している巨大な共同体と戦うことはできるのでしょうか。

一人の力は取るに足りないものですが、その人の声を、事実を神様が見ています。そして他の誰かに見せています。誰かに事実を伝えさせています。事実が潰されないように誰かに守らせています。いつも誰かが共に戦ってくれているのです。そしてしかるべき時に必ず事実は明らかにされます。
一人の人間が、自分が所属している大きな共同体と戦うことは可能なのです。
【内田泰亮 協力牧師】外掲示板

 

 

 

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2023年9月3日 主日礼拝
堀野浩嗣 牧師
シリーズ 喜びが人生に満ちる⑦
「愛に生きる喜び」
ルツ記1:7~19堀野説教中

【ルツ記1:16】 ルツは言った。「あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは、あなたの行かれる所に行き、泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神。

ルツが選んだセカンドライフ(第二の人生)
飢饉によって夫と死別した後、モアブ人ルツは自分の生まれ育った国と父母兄弟の下へ帰らず、姑ナオミの故郷ベツレヘムに行き、ナオミと共に生きる困難な人生を選びます。ルツはナオミに対する情というよりも、ナオミの背後におられるイスラエルの神に心動かされ、イスラエルの神をわが神、わが主と信じ従う決心をします。この決断がルツとナオミの祝福を回復するこことなります。それだけでなくイスラエル民族全体の祝福にもつながります。(ルツ記4章、マタイ福音書1:5参照)
わたしたちは誰もが、肉の家族のもとに生まれ、神から離れた罪の人生を生きています。しかし、私たちは誰もが神の家族として生きる第2の人生を生きることができます。人間関係や仕事、お金のつながりや世の損得利害で物事を選ぶこともできます。しかし、天地を造られ、イエス・キリストにおいて私たちを救う神との交わり、神の家族(キリストの教会の一員)として生きるとき、自分の人生に秘められた神の計画を知り、救いと祝福を受け、偉大な業のために用いられるのです。

* 第2の人生。神を知り、神の家族として生きる人生をもう選び取りましたか?
【ルツ記2:11~12】 ボアズは答えた。「主人が亡くなった後も、しゅうとめに尽くしたこと、両親と生まれ故郷を捨てて、全く見も知らぬ国に来たことなど、何もかも伝え聞いていました。どうか、主があなたの行いに豊かに報いてくださるように。イスラエルの神、主がその御翼のもとに逃れて来たあなたに十分に報いてくださるように。」

主は愛に生きる者を支え、豊かに報いてくださる
ルツは生きて働かれる主だけにより頼み、恥やメンツを捨て、姑ナオミと共に生きていくために誠実に自分にできることをした。淡々と落穂を拾うルツを主は見捨てない。イエスのように自分を捨てて、愛に生きる者を主はご自身の御翼の下に覆い、ボアズをとしてルツとナオミが祝福を回復したように、イエス・キリストが私たちの人生に具体的にかかわってくださり、惜しみない恵みと憐みを注いで、救ってくださる。
【牧師 堀野浩嗣】外掲示板

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公開日:
最終更新日:2023/12/05