横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報の巻頭言(2018年11月18日)

   

聖書『ルカによる福音書7章37〜38節』
この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。

闇の中で主とお会いする
最近、日が落ちるのが早くなりました。秋も深まり冬が近づいています。来週 25 日(日)は礼拝後クリスマスの飾り付けと教会清掃を行います。12 月アドベント・クリスマスも目の前です。皆さまご協力ください。
預言者イザヤは「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」(イザヤ 9:1)と将来のメシア(救い主)到来を滅びゆく神の民に預言しました。自分が自分では抜け出すことの出来ない闇の中を歩んでいるという気づきから、全ての闇を打ち破る真の光、罪と死の支配から私たちを解放する救い主イエス・キリストを待ち望む信仰は与えられます。
今日の皆さんと読むルカ福音書 7 章 36〜50 節には二人の人のイエスさまとの出会いが記されています。一人はイエスさまをユダヤ教の教師として自宅に招いたファリサイ派のシモン、もう一人はイエスさまの足を涙で濡らし、髪で拭い、接吻し香油を注ぎかけた「罪深い女」(この女性はおそらく自分の体を売ることを商売としていた)です。対照的な二人ですが、本当の意味でイエスさまをキリスト(救い主)と信じて、救いの光によって照らされ、全く新しい人生を生きるようにされたのは「罪深い女」でした。この二人の違いはどこにあるでしょうか? それは罪の自覚です。つまり、自分ではどうすることもできない自分の心の闇を知っているか否かです。彼女は自分の闇から目を背けず、言い訳をせず、闇からの解放をイエスさまに求めたのです。そして、イエスさまでなければ罪と闇から救うことができないということを、イエスこそ救い主であると接吻と高価な香油を主にささげ、主への愛(信頼)を表したのです。
自分の心の闇から目を背けず、その闇の中で「主よ、わたしは罪深い者です。イエスさまわたしをわたしの心の闇から救ってください」と正直に祈りましょう。イエスさまはあなたにどんな闇があろうと目を背けず、見捨てず、愛と義の眼差しを向けて、あの女性のように「あなたの罪は赦された」と宣言し、義の光であなたを照らし「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と全く新しい人生に送り出してくださいます。
牧師 堀野浩嗣

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