横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報の巻頭言(2018年10月21日)

   

聖書『出エジプト記32章11〜12節』
モーセは主なる神をなだめて言った。「主よ、どうして御自分の民に向かって怒りを燃やされるのですか。あなたが大いなる御力と強い御手をもってエジプトの国から導き出された民ではありませんか。どうしてエジプト人に、『あの神は、悪意をもって彼らを山で殺し、地上から滅ぼし尽くすために導き出した』と言わせてよいでしょうか。どうか、燃える怒りをやめ、御自分の民にくだす災いを思い直してください。

神の心を動かす祈り
モーセがシナイ山の頂きで神と契約を結び、宝の民として歩むロードマップを十戒(出エジプト記19章)という形で受け取りました。さらにモーセは幕屋(礼拝所)の作り方、祭司(礼拝者)の務めなどの詳細な方法を神に学んだので時間が必要でした。ところが、麓でモーセの帰りを待つイスラエルの人々は待ちくたびれ、さらに目に見えるモーセというリーダーが不在になった途端、目に見えない神への意識が薄れ、不安に陥り、目に見える偶像<金の子牛>を自分たちの手で作り、それを神として拝んで、楽しんだのです。本当に馬鹿げた、愚かな行為です。しかし、イスラエルの民と同じように、私たちは肉眼で見える物や人が現実のすべてであると錯覚する性質(罪)を持っています。あなたは目に見えない主なる神以上に人や物により頼み、楽しみとしていませんか?
主はイスラエルの不忠実さに怒りを燃やされ「滅ぼし尽くす」とまで言われます。神の愛に背く人間の歩みを振り返ればそう言われても仕方がない・・・とあきらめてしまいそうになります。しかし、金の子牛を拝んだ民を滅ぼそうとする主に、モーセは体を張って嘆願しました。主の愛に訴え、アブラハムとの約束を盾にして食い下がったのです。「あなたの民を滅ぼせば、あなたの御名を汚すことになります」と言わんばかりでした。このとりなしの祈りが神の心を動かし、大切な同胞を救うのです。モーセは主の前に立ちはだかり、主の憐れみと愛を求め、民に代わって主の怒りを一身に受ける覚悟で祈りました。このモーセの信仰を主は喜ばれ、感動されます。私たちも今日、そんな篤い思いで家族のため、隣人のために祈りませんか?
牧師 堀野浩嗣

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