横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報の巻頭言(2018年8月12日)

      2018/08/14

聖書『テモテへの手紙 二 2章22節』
若いころの情欲から遠ざかり、清い心で主を呼び求める人々と共に、正義と信仰と愛と平和を追い求めなさい。
聖書『マタイによる福音書5章9節』
平和を実現する人々は幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。

正義と信仰と愛と平和を追い求めなさい
今週水曜日は73回目の太平洋戦争の終戦記念日です。戦後73年が経ち、戦争を体験された方々が高齢となり、天国に行かれ、その悲惨さ、平和の尊さを語り継ぐ人が少なくなって来ています。先の戦争で命を失われた日本と諸外国のすべての人々とその家族の上に主の慰めが注がれ、癒されることのない痛みと嘆きがキリストの十字架の愛によって救われるように心からお祈りいたしましょう。
しかし一方で、世界は自国第一主義の風潮で、政治、経済、軍事すべてにおいて、一致や協力よりも対立と競争が激しさを増しています。そして、そのような風潮、雰囲気はわたしたちの日常にもしっかりと浸透しつつあります。自分さえよければいい、自分の生活のことだけが自分の関心事。自分の利益にならないことには一ミリも関心や共感を持たない。そんな時間の余裕はないし、無駄は敵。無駄や損こそ不義である・・・。私たちの世界は何を追い求めているのでしょうか。そして、あなたは日々、何を追い求めて生きておられますか?皆、幸せを追い求めていると思います。聖書には、幸せになるために、何を避け、何を追い求めて生きなければならないか、はっきりと記されています。それは「正義と信仰と愛と平和」を追い求めることです。幸いな人とはキリストの義(救い)を求め、信じ、神の愛と平和を追い求める人です。「追い求める」というのはただ愛と平和を叫ぶことではなりません。自分の正しさや考えを主張することよりも、平和や和解、赦しを具体的な隣人との生活の中で選び取っていくことです。わたしたちの心に巣食う自己中心、傲慢の罪を悔い改めて、キリストの平和を追い求めましょう。
世界や日本全体を一気に悔い改めに導くのは難しく、再臨の主に期待しなければなりません。しかし、「私」という一個人が悔い改めることは今日できます。そのとき、「私」の心に平和がつくられます。そして「平和を実現する人は幸いである」というキリストの言葉が成就します。家族の平和も、社会の平和も、世界の平和も、まず、自分の心の平和からしか始まらないことを、キリストは教えているのです。
牧師 堀野浩嗣

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