横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報の巻頭言(2018年7月29日)

   

聖書『ペトロの手紙一 2 章 4~5 節』
この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。あなたがた
自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけ
にえを、イエス・キリストを通して献げなさい。

「教会」のビジョンとミッション 〜その 2〜
聖書は教会について比喩的表現(たとえ)を用いてわたしたちに教えています。その一つは、「教会はキリストの体であり、キリストはその頭、わたしたちは各部分です」(エフェソ 1:22〜23、コリント一 12:14〜17 参照)。体全体に指令を出す頭はイエス・キリストです。牧師や執事(役員)ではありません。ただ、牧師や執事はキリストの命令に率先して聞き従います。さらに一人ひとりがキリストに結ばれ、主に聞き従い「一致」することが大切です。しかし、人の体が多様な部分から成り立っているように教会も同じです。体がすべて手になることを望む人も、手と足があることを嫌がる人もいません。主に呼び集められ、キリストの体に結ばれたお互いを無条件で喜び合い、自分の賜物や感性を用い、他者の賜物や感性を認め(尊敬する)、共に頭なるキリストの命令に従って働くのです。 「一致」と「多様性」の両方を備えた真の教会です。横浜戸塚教会はいかがでしょうか?
もう一つは「神の建物(神の家)」(コリント一 3:9、エフェソ 2:19〜22)。この建物の土台(敷石、かなめ石)はキリストです。土台を失うと建物はいつか崩壊します。 建物全体を支えるのはキリストであって、私たちではありません。教会や信仰生活に関わる様々な重荷を一人で背負い込んでいるなら、それはキリストの領分を犯しています。そして、神の建物である教会は、キリストを土台とし、この方にあって一人ひとりが「生ける石」として組み合わされ、建て上げられていきます。建物においてはすべての石が大切です。土台であるキリストに心から信頼して、いくつもの石を組み合わせて初めて堅固な建物となり、相互依存の関係(交わり)に教会が生きるとき聖霊が注がれ、神の家、神の住まいとなるのです。
その 3 に続く。
牧師 堀野浩嗣

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