横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報の巻頭言(2018年6月24日)

      2018/06/26

聖書『出エジプト記12章26〜27節』
また、あなたたちの子供が、『この儀式にはどういう意味があるのですか』と尋ねるときは、こう答えなさい。『これが主の過越の犠牲である。主がエジプト人を撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越し、我々の家を救われたのである』と。」民はひれ伏して礼拝した。

我らの家を救われる主
先日、「万引き家族」(是枝裕和監督)という映画を見ました。現代の日本社会が抱える貧困、格差、孤独、家庭の崩壊を背景にしながら、「家族とは?」「正しさ(義・愛)とは?」を見る者に問いかける良作品でした。人は誰でも一生懸命に誰かを愛したい、幸せになりたいと願います。しかし、時にそれは自己中心だったり、不可抗力に悩んだり、力不足を思い知ることの方が多いように思います。ですが、私たちは自分の愛のなさに嘆き、世の問題に憂うことに留まったり、投げ捨ててはなりません。神様は見捨てないからです。それどころか聖書はどんな人間の罪も、弱さも、失敗も、試練や苦難も一切が主イエス・キリストの十字架の血潮によって贖われ、キリストの愛の中で尊く用いられて万事が益となると約束しています。
イスラエルの民はエジプトの奴隷状態から430年ぶりに救い出されます。それは子羊の血によって全ての災いから救われる(過ぎ越し)という主の言葉を信じる信仰と行動によってです。モーセの言葉通りに子羊の血を家の戸に塗ったイスラエルの家は死の力が打つことはなく、夜を越え、紅海を渡り、新しい朝を迎えたのです。それから約1500年後、神様は全ての人を贖い救うために神の子羊、救い主イエス・キリストをこの世に送られ、十字架で血を流されました。この十字架のイエス・キリストに向かって、「主イエスの十字架の血潮によって、私の人生と私の家族をお救いください !」と朝に夕に、心から信じて祈り求める人にキリストの血潮は聖霊によって注がれ救いの道は開かれます。
この祈りと信仰が人生を大きく分けます。あなたの人生の戸口にキリストの十字架のみ言葉は掲げてありますか? 急いで戸を開いてキリストを人生にお迎えし、「昼も夜もまどろむことなく、私たちを守られる」(詩編121)主のからの救いに与りましょう。
牧師 堀野浩嗣

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