横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報の巻頭言(2018年5月13日)

      2018/05/13

聖書『ヨハネによる福音書 11 章 25〜26 節』
イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる
者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」

もしあなたが信じるなら、死では終わらない
本日は、天におられる召天された神の家族を覚えて礼拝をおささげする召天記念主日礼拝の日です。主イエス・キリストは約 2,000 年前、イスラエルのエルサレムのゴルゴタの丘で、すべての人の罪の赦しのために、十字架にかかって死んでくださり、三日目によみがえられました。主イエスを救い主と信じる者が赦され、きよめられて、聖霊を注がれ、永遠の命をいただき、救われるためです。聖書のみ言葉の通りに、この主イエスをわたしの救い主と心から信じる者は、キリストの「いのち」(プシュケー)を受けて復活します。どんな人でも地上の生命(ゾーエー)は衰えていき、いつかは終わりますが、主から受けた「いのち」は終わりません。春には芽を吹き出し、緑が野山に萌え出でるように、よみがえります。
地上を生きた時に主イエスを信じる信仰を生きた人やその愛の中に共に生きた家族は、今、天の主のみ国に永遠の命をいただいて生きておられます。今日はその天国に生きる家族と共に礼拝をささげる日です。救い主イエス・キリストを信頼し礼拝をささげる一人一人に聖霊の力が与えられ、天と地は主イエス・キリストの十字架の愛によって結ばれているという、素直な思いが湧き上がってくるのです。
わたしたちの生きる世界は、必ず朽ちてなくなる、地上の生命の成長や拡大を貪欲かつ自己中心に追い求めています。けれど、どんなに健康でも、お金を積んでも、保険をかけても、良い病院に入っても、死の恐れと孤独、闇から解放されることはありません。
しかし、主イエスの十字架の愛と、主から与えられる「いのち」を信じて歩む時、死では終わらない人生が与えられるのです。今日、召天記念礼拝に出席された皆さんも、復活を前提にして、新たに生き直してみませんか。
牧師 堀野浩嗣

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