横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報の巻頭言(2018年3月4日)

   

聖書『詩編 51 編 18〜19 節』
もしいけにえがあなたに喜ばれ、焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら、わたしはそれをささげます。
しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。
打ち砕かれ悔いる心を、神よ、あなたは侮られません。

砕かれて、良き器とされる
ヤコブは人間的に賢く、良くも悪くも何をしてもそれなりに成功します。しかし、ヤコブはこの祝福が神の約束(創世記 28:13〜15)によって与えられたものであることに心を向けません。神が与えた祝福や賜物で自分の欲望を満たし、いいところまで行くのに結局、すったもんだの結果を招いてしまいます。皆さんは自分に与えられた祝福や賜物が神によって与えられ、自分を満たすためでなく、神の栄光と祝福を分け広げるためにあることに心を向けていますか?
ヤコブは人生の終盤に、神の介入によって、やっと的外れの自分と向き合い、格闘し、砕かれます。砕かれた心と共にヤコブは「イエスラエル」(神と戦う、神が支配するという意味)という新しい名前、人生が与えられます。砕かれて人は、真に神の民とされるのです(創世記 32:23〜33)。
「砕かれた心」は罪責感に苛まれる心ではなく、神の前にへりくだった心です。神が望んでおられることは責任追及ではなく、神との関係の回復です。そして、「砕かれた心」とは、自分の楽しみのために神がいるのではなく、神の喜びのために自分が存在することを認める心です。ヤコブは自分の力で外側を取り繕う生き方から、神にのみ信頼して、内側で心から神を礼拝する生き方に変えられたのです。
レント(受難節)の歩みの中で、主イエスの十字架に思いを向け、祈りと礼拝を通して主のみ前に砕かれた心を差し出しましょう。
牧師 堀野浩嗣

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