横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

*

週報の巻頭言2018年2月18日

      2018/02/19

聖書『創世記25章19〜26節』
イサクは、妻に子供ができなかったので、妻のために主に祈った。その祈りは主に聞き入れられ、妻リベカは身ごもった。

純粋な信仰こそ宝
先週2/14(水)から今年のレント(受難節)が始まりました。レントの意味は「長くなる」で、日が長くなる春の訪れを表します。しかし、キリスト教会ではイースター(復活祭)の前の40日間(日曜日を含むと46日間)を「キリストが十字架において苦難を受けたことを思い起こして礼拝を守る期節」として守っています。この期節を、主への従順と悔い改めの祈りの時としてこれを守り、イースター(復活祭)に備えることが古くからのキリスト教会の信仰習慣となりました。特に信仰決心者がキリストの体なる教会に加えられるためのバプテスマ(洗礼)の準備の時として、同時に、信仰共同体から離れていた人たちが、悔い改めと主の赦しを通して再び和解を与えられて教会の交わりへと回復される時として、レントの40日間は大切にされてきました。わたしたちもキリストの十字架において示された父なる神の愛と赦しを日々心に留め、一人一人がキリストの十字架の贖いと復活の信仰を主の御前に更新する時といたしましょう。
人生は簡単ではありません。イサクにとっても人生は楽ではありませんでした。神様に導かれ40歳でリベカと結婚したイサクは60歳になるまで20年間、子供に恵まれませんでした(創世記25:20—26)。イサクはこの困難の中で純粋に主に祈りました。それがイサクの信仰です。イサクの祈りが聞き入れられ、実現するまでには20年の年月がかかっています。わたしたちは、神様に様々なことを祈り求める時に、あるいは他の人のために とりなし祈る時に、余りにもせっかちに結果を求めてはいないでしょうか。すぐに結果を求め、それが得られないと失望し、祈ることをやめてしまうことがいかに多いかと思います。イサクは20年間祈り続け、そして聞き入れられた。このことが教えているのは、20年ぐらい祈り続ければ神様も願いを叶えて下さる、ということではありません。そうではなくて「神様は、わたしたちに本当に必要なことを、必要な時に、与え、実現して下さるのだ」ということです。その「必要な時」は20年後かもしれないし、1分後かもしれません。いずれにしても神様は、本当に必要な時に、必要なものを与えて下さる、そう信じて祈り続ける、この純粋な信仰こそわたしたちの人生を豊かにする宝です。
牧師 堀野浩嗣

 - 巻頭言