横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報の巻頭言2018年2月4日

      2018/02/07

聖書< ルカによる福音書19章18−19節>
「イエスは彼に言われた。『今日救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。人の子は、失われた人を探
して救うためにきたのです。』」

だいぶ昔見た映画で「フォレスト・ガンプ」があります。この映画の最初の所で、主人公の目の前に空から一枚の羽が舞い降
りてくる場面があります。多分作者は神様の恵みをこの一枚の羽に託していたように思われます。そうです。恵みとはある日突
然神様から一方的に与えられるものなのです。
私たちの世界では、職場でも、学校でもあるいは教会でも親しくなれる人と苦手な人はいるものです。私たちは、他人を自分
の価値観や好き嫌いで判断する傾向があるのではないでしょうか。取税人ザアカイはエリコでは取税人の頭でした。同胞から
税金を余分に巻き上げていた当時の取税人たち、ザアカイはその頭だったというのです。ですから、同胞のユダヤ人たちからの
嫌われ方は酷いものだったでしょう。
誰からも相手にされない心の虚しさを埋めようと、お金に解決を求めました。誰がなんと言おうと頼りになるのは、最後はお
金だと。
でもどんなにお金を溜め込んでも彼の心の虚しさは埋めることができませんでした。彼は仕事の傍ら、イエス様のことは噂で聞いていました。イエスというお方は今までの預言者とは違うらしい。是非一度お会いしてみたい。そんなある日です。イエス様にお会いできたのです。イエス様の方からやってこられたのです。
「イエスは何であんな罪人の取税人のところに入り、食事をし、その上泊まられるのか」と人々が憤慨して言う時、イエス様は、こう言われます。「この人もアブラハムの子なのですから」と。
私たちの他人を見る目と、神様のそれとは全く違うのです。それでは神様は私たちをどのように見ておられるのでしょうか。たとえ、誰からも相手にされなくても、いやどんな極悪人でも、分け隔てなく同じように見てくださり接してくださるのです。神の恵み。それを与える神自身が私たちの代わりに罰を受けたが故にタダで私たちに与えられるのです。それを受けるのになんの資格もないものに一方的に神様から与えられるものなのです。空から突然舞い降りてくる一枚の羽のように、私たちの目の前に舞い降りてくるのです。そして宣言されます「この人もアブラハムの子なのだから」と。
牧師 長和男

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