横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報の巻頭言 2017年8月27日

   

聖書『創世記22章1〜3節』
これらのことの後で、神はアブラハムを試された。神が「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽す献げ物としてささげなさい。」
次の朝早く、アブラハムはろばに鞍を置き、献げ物に用いる薪を割り、二人の若者と息子イサクを連れ、神の命じられた所に向かって行った。

主は愛する者を訓練される
「主は愛する者を訓練する」(ヘブル12:5口語訳)とあります。アブラハムにとっての最大の訓練は独り子イサクを「焼き尽くす献げ物」としてささげることでした。未遂とはいえ、愛であるはずの神様が残酷な方法で人間を試みるということに、抵抗を覚えるかもしれません。しかし、主が求めておられるのはイサクではなく、主を畏れるアブラハムの全き心であり、主への信頼です。試練は主がわたしたちの信仰心の大小を計ったり、鍛えたりするために必要とされるのではありません。わたしたちが主の心を知るために、また、主の心とわたしの心が一致するために必要なのです。アブラハムは主の訓練を乗り越え、主の深い愛を知ります。主は彼ら親子のために一匹の小羊を備えていてくださるのです。
アブラハムは主のことばを聞くと、信仰によって即行動しました。「わたしの示す地に行きなさい」との主の声を聞いて出発し、「焼き尽す献げ物としてイサクをささげなさい」と主に命じられ、「翌朝早く、」イサクを連れて出かけました。失敗も多くありましたが、聖書はこのようなアブラハムを信仰の父と呼び、称賛しています。 「条件がそろったら決断する」と言っている人は、まず決断しません。決断し行動したら、条件がそろい始めるのです。信仰で主のことば(聖書の教え)を実践していくときに、主の心が分かるようになり、納得できるようになるのです。 「頭で理解できるまで行動しない」。 「気分や感情で、その気にならないと動かない」 その姿勢を改めないと知ることができない恵みの世界があります。礼拝を通して、主のことばを受け取り、主の御心であると知ったならば、自分の頭が納得する前に信仰で行動してみましょう。
ヤーウェ・イルエ(アドナイ・イルエ)、いつも主は救いの道を備えていてくださいます。
牧師 堀野浩嗣

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