横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報巻頭言(2017年4月9日)

      2017/04/13

聖書『ルカによる福音書23章40〜43節』
すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。 我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。

主イエスの十字架がわかった人
本日は、受難週主日礼拝です。主イエス・キリストがわたしたちの罪のために十字架にかかり、全人類の罪の贖いを成し遂げてくださった尊い十字架の御救いを覚え祈る一年で最も恵みにあふれる一週間です。今日からの一週間を祈りと聖書の言葉に聴く中で、主の十字架を見上げつつ過ごしましょう。特に今週14日(金)は受難日です。夜7時より受難日礼拝が教会礼拝堂でささげます。どなたでもご参加いただけますので、平日の夜ですがご参加くださり静かな礼拝を主にささげましょう。
最近のニュースを見ていると「忖度(そんたく)」という聞き慣れない言葉がよく使われています。意味は「他人の心をおしはかる」ことだそうです。主イエスは弟子たちに裏切られ、ユダヤの民、長老、祭司長、律法学者、総督ピラトの忖度の故に、罪なき神の子であるにもかかわらず、十字架に架けられ、殺されました。使徒パウロは「肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和です。」(ローマ8:6)と言っています。わたしたちの肉の思い、自己中心は罪の結果としてわたしたちの人生をがんじがらめにしています。どんなに心でおしはかって良いことをなそうと思ってみてもできず、むしろ争いや苦しみの火種となることもしばしばです。しかし、そのようなわたしたちのためにイエス様は十字架において罪を負い、わたしたちに真の愛と神の霊に満たされて生きる、自由と喜びの人生を与えてくださったのです。
今日までどのような人生を歩んでこようとも、イエス様の十字架はわたしの罪のためであったと悔い改めて祈るなら、主イエスの十字架の血潮によりきよめられ、神の霊が注がれます。そして、主イエスの十字架がわかった人は霊の思いから来る忖度を働かせるようになります。つまり、神より命と平和をいただいて、赦しと愛を他者に与え、すべてが生かされる神の国に生きる喜びを分かち合う人生がもたらされるのです。これぞイエス・キリストの復活により生かされる人生です。
牧師 堀野浩嗣

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