横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報巻頭言(2016年6月12日)

      2016/06/19

聖書『マタイによる福音書9章2節』
すると、人々が中風の人を床に寝かせたまま、イエスのところへ連れて来た。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、元気を出しなさい。あなたの罪は赦される」と言われた。

神の国の民として生きる④ 〜目に見える信仰〜
本日の礼拝において三井めぐみ姉の信仰告白・バプテスマ(洗礼)式が執り行われます。三井めぐみ姉はニュージーランド留学中に学生伝道のグループを通して、聖書の福音に出会いました。そして、約4年前から横浜戸塚教会の礼拝に出席するようになりました。お母さんの胎内に命を与えられた時から三井姉を養い、導いいてくださった主なる神様と神の家族の前に今日、イエス・キリストを救い主と告白し、バプテスマを受浸して神の家族の一員となられます。「天の下の出来事にはすべてに定められた時がある」(コヘレト3:1) 最善の時を準備してくださる主にすべてを感謝し、十字架によってわたしたちを罪から救い、新しい命に満たしてくださる主イエスを心から礼拝いたしましょう。
主イエスは病の友人を床に寝かせたまま、ご自分のところへ連れて来た人々の信仰を見て、この病に伏せる友人の罪を赦し、また病をいやされました。ただ、信仰は目に見えないものではないでしょうか。「これがわたしの信仰です」と人に見せたり、誰かに与えたり、計ることはできません。しかし、「あなたと共にいて助ける」と言われる、目に見えない神様を心の目で見つめ、信頼して歩む、わたしたちの心と具体的な歩みの中に信仰を表すことはできます。そもそもギリシャ語で信仰<ピスティス>は「信頼する」という動詞から派生してできた言葉です。
主イエスを信頼して、とにかく主イエスのもとへと友達を担いで駆け出した人々の姿を見て、イエス様はそれを信仰と呼んでくださるのです。彼らの信仰にはいのちがあり、他者を生かし、喜びを与えるものでした。主イエスは、そのような彼らの信頼(信仰)に応えて救いのみ業をなされるのです。信仰を見せびらかす必要はありません。形式を整えて見栄えよくする必要もありません。あなたが今日一日の中で主イエス様に傾けた信頼こそ、大いなる信仰なのです。
牧師 堀野浩嗣

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