横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報巻頭言(2106年5月29日)

      2016/05/30

聖書「マタイによる福音書8章25〜26節」
弟子たちは近寄って起こし、「主よ、お助けください。おぼれそうです」と言った。
イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」
そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪ぎになっ
神の国の民として生きる② 〜嵐を凪とする主イエス〜
主イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を癒し、ご自分が神の権能を受けた預言のメシア(救い主)であることを示されました(マタイ8:16後半)。そして、主イエスは弟子たちに舟に乗って向こう岸に行くように命じられます(マタイ8:18)。主イエスが見つめられた向こう岸はガリラヤ湖の周辺です。歩いても十分に行き来できる距離の場所です。ですから、ここで主イエスが「向こう岸に行こう」と言う、この言葉は、地理的にというよりも、むしろ心理的に遠かった場所だったのだろうと思います。「避けたい場所」「対立や隔てのある場所」へ、わたしと一緒に神の国の福音をたずさえて出かけて行くように、主イエスはわたしたちを招くのです。なぜなら、そのような場所にこそキリストの十字架の贖いと復活の希望の福音、神の救いが必要だからです。わたしたちにとって、今日の教会にとっての向こう岸はどのようなところでしょうか?
主イエスの言葉に従って、向こう岸に漕ぎ出そうとするなら、出発前からわたしたちの心は恐れと不安の嵐でいっぱいになるでしょう。そして、すぐに「イエスさま、おぼれそうです」と叫ぶことでしょう。けれど、自分の足がつかない、おぼれるような深みに漕ぎ出すことこそ、信仰者として生きるということです。あなたは主イエスを自分の人生にお乗せして、向こう岸へ向かって、信仰の深みに漕ぎ出しておられるでしょうか。この世の嵐がどんなに激しくとも主イエスは共におられ、あなたの内と外に吹き荒れる風と波を叱りつけ、必ず凪を与えてくださいます。
「風いと激しく 波立つ闇夜も 望みの錨(いかり)を 主のもとに降ろさん」(新生讃美歌492番二節)
と賛美しつつ、すべての嵐を静め、凪とする主イエスの力に信仰をよせて、新しい一週間へ出かけてまいりましょう。

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