横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報巻頭言(2016年2月28日)主に贖(あがな)われた人生の祝福

   

【聖書】ルツ記4章14節
女たちはナオミに言った。
「主をたたえよ。主はあなたを見捨てることなく、
家を絶やさぬ責任ある人を今日お与えくださいました。
どうか、イスラエルでその名があげられますように。」

主に贖(あがな)われた人生の祝福
巻頭のみ言葉で「家を絶やさぬ責任のある人」と訳されているヘブライ語のゴーエールは「買い取る」という意味で、「贖い主」と言うときもこの言葉が使われ、ルツ記の主題を表わす重要なみ言葉です。ボアズが律法(レビ記25:25)に従ってその責任を果たそうとする姿が4章1節から10節までに描かれていますが、ゴーエールの責任を果たすというのは、責任が大きい割には得することは何もありませんでした。対価を求めずに親族の土地を買い戻し、さらにその家族を引き受けるわけですから、一歩間違えば自分の財産を失いかねないほどの責任だったのです。つまり、利害や損得ではなく、神の愛と約束に信頼すること、信仰なしには成し負えないことなのです。しかし、ナオミ、ルツ、ボアズ、それぞれが信仰の決断と応答に生きるとき、神様は人間の力ではできそうもないことを、万事を益とする神の導きと力によって成し遂げてくださるのです。ボアズはルツを妻として迎え、二人の間にオベドが与えられます。そして、このオベドからエッサイが、エッサイからダビデが、そして、イエス・キリストへとつながって行くのです。
主は真実なお方であり、わたしたちに特別な愛を傾け、見捨てることがありません。今、どんなに試練や苦難の嵐のただ中でも、主に目を注ぎ、主の愛の内に生きるなら真のゴーエール(贖い主)である主イエス・キリストがわたしたちの人生を引き受けて凪を与え、十字架の血潮によって洗い清めて、新しい命へと導いてくださるのです。キリストに愛された者として、贖われた者として歩む、それこそが本当の人生の祝福なのです。
牧師 堀野浩嗣

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