横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報巻頭言(2015年12月6日)光を証する人

      2015/12/30

神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。彼は証しをするために来た。光につ
いて証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、
光について証しをするために来た。
ヨハネによる福音書1 章6〜8節
光を証する人
ヨハネによる福音書はイエス・キリストは永遠の命の源であり、主イエスの十字架と復活によって与えられた永遠の命こそが人間を照らす希望の光であると言います。そして、この希望の光である神の子イエス・キリストが人の姿をとって、わたしたちの生きる世界に来てくださったことこそがクリスマスの意味なのです。聖書が表現しているように、この世界は暗闇が深まっています。テロ、自然災害、経済、病い・・・人の心には常に不安と恐れがあり、否定的な感情が心を支配して、喜び合うこと、愛し合うこと、共に楽しむことが困難になり、反対に些細なことで反目し、傷つけ合い、争い合い、孤独を抱えている人が大勢います。しかし、そのような人間の暗闇の中に希望の光としてイエス・キリストは来てくださり、闇に打ち勝つ希望の光を与え、新しい命をくださるのです。
だからこそ、キリスト者の一人ひとりはイエス・キリストが希望の光であると「あかし」しなくてはなりません。「あかし」するとは、劇的な救いや癒しの体験を語ることでも、雄弁に聖書の知識を解き明かすことでも、優れた行いをすることでもありません。洗礼者ヨハネはただひたすらイエス・キリストこそが「世の罪を取り除く神の小羊である」と証しました。つまり、イエス・キリストこそがわたしを暗闇と罪から救う唯一のお方であると告白し、その告白に基づいて日々を歩むことです。礼拝、祈り、奉仕、日々の生活において、わたしが光と輝くことを求めてはいないでしょうか?イエス様の希望の光がわたしの人生に差し込み、そして、わたしの人生を通してキリストの光があかしされるように願いつつ、イエス様をお伝えするための黒子に徹するアドベントの日々を過ごしてまいりましょう。
牧師 堀野浩嗣

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