横浜戸塚バプテスト教会

Japan Baptist Convention Yokohama Totsuka Baptist Church

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週報巻頭言(2015年11月15日)主イエスの十字架によって贖われた心

      2016/03/30

「心の清い人々は、幸いである。その人たちは神を見る。」
マタイによる福音書5 章8 節
主イエスの十字架によって贖われた心
先週の日曜日は礼拝の中で子供祝福式が行われ、14 名の子どもたちとそのご家族が礼拝に集い、主にある成長を感謝し、お祈りとお祝いの時を持つことができました。主に感謝いたします。
多くの子どもたちが教会に与えられ、わたしたちは子どもたちにイエス様の愛を伝え、結び合わせることを神様から任されています。子どもたちとそのご家庭が主イエス様の救いに導かれるように執り成して祈り、聖書の福音をお伝えしましょう。
主イエスは「心の清い人は幸いである。その人たちは神を見る」とおっしゃいました。また、「子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」ともおっしゃいます。
「心の清い人」とは、二心でなく、一心にひたすら全身全霊で神様を求める人のことであり、子どものように無垢に神様を慕い求める人です。そのようにわたしたちが日々歩むならば、誰もが神を見る、つまり神様がわたしの主としてすべてを守り導かれる日々を体験することができるのです。
ただ、このイエス様の言葉を聞いて、自分とは関係のない遠い世界のことだと思われるかもしれません。日々、思い煩いは絶えず、二心どころか三心、四心で生きざるを得ない自分。また、今更自分の心を変え、人生をやり直して子どものように新しく生まれることなどできないと。しかし、イエスは「水と霊によってあなたは新しくなる」(ヨハネ3:5)とおっしゃいます。つまり、主イエス・キリストの言葉を信じて、バプテスマを受け、日々、主イエスが十字架でわたしたちのために流された血潮によって贖われるとき、聖霊が注がれ、わたしたちは新しい一つの心、愛し合い、赦し合い、祈り合い、支え合う心と幸いな日々を、主イエスを通していただき、あなたと共におられる主なる神様を見るのです。
牧師 堀野浩嗣

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